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記事No.1493に関するスレッドです


夢も現も同じ 〜再読『その日の午後、砲台山で』(第二稿) - Name: カナメ No.1493 - 2017/05/01(Mon) 23:24:49
書き出しはエッセイ。どっこい語り手である平井和正の前に後藤由紀子が現れ、ストーリー仕立ての物語へと雪崩れ込む。さては『ビューティフル・ドリーマー』(『高橋留美子の優しい世界』収録)でやった「あとがき小説」か。いやいや、さにあらず。これは『地球樹の女神』『幻魔大戦』『ボヘミアンガラス・ストリート』『アブダクション』をまたに架けた、堂々たるスピンオフ小説なのです。

修羅くんにひっぱたかれて平井和正は幼児の四騎忍に変身、やがて地球樹本編と同じ中学生になって、東三千子や木村市枝と出逢い、作家・平井和正の知識を有する四騎忍として小説『幻魔大戦』の世界に介入する。そこで暴力団塚田組の凶漢・矢頭が杉村由紀を襲う、その歴史を変えてしまう。この展開がスリリングでね、本当にゾクゾクしました。
なんといっても常軌を逸したこの発想ですよ。まるで富野由悠季作品で地上人がバイストンウェルに召喚されるように、自らの創造した作品世界に作家・平井和正が引きずり込まれてしまうんですから。いや、念のために云っておきますが、その手の物語はありますよ、別段珍しくもない程度に。登場人物である「作家」が劇中劇である自身の創作世界に迷い込む、あるいは現実化する物語というのは。ワタシにも見た覚えがあります。しかし、仮にも有名人気作家が、リアルな自分自身をキャラにして、既存の自身の作品に手を加えるなどという例は、寡聞にして見聞きしたことがありません。つくづく、異常――常ならざることを旨とする作家なんだなと思います。これは小説という形式そのものをブチ壊す、新たな創造ですよ。

これは平井和正が見る夢の話です。夢だから、どんな不条理だって巻き起こる。けれど、それは小説世界の事実そのものです。夢オチで、なかったことになりはしません。なぜなら、これは作品世界の創造主・平井和正の夢であり、そして平井和正は“夢見る作家”なのですから。それを認めるか認めないかは、あなた次第です。

昔話をします。『幻魔大戦deep』で老齢で登場した東丈・三千子姉弟が、ともに何の脈絡もなく若返ってしまったことにドン引きしました。老境を迎えた東姉弟を描く、その新機軸に挑む冒険心、意気込みやよし。でも、結局は絵づらの良い年頃に若返ってしまう。脈絡なし、必然性なし、考えられる理由はひとつ、しんどなっただけですやん!――と。

自分で云うのも憚りながら、正論そのもの。東丈じいちゃん、三千子ばあちゃんで始めてみたけど、やっぱり若いほうがいいや、っていう邪推もたぶん正解。でも、平井和正読者としては、大事なことを見落としていました。『幻魔大戦deep』に着手したのは、まさにこの『その日の午後、砲台山で』を書いたあとであって、それを踏まえれば東姉弟の若返りなど、むべなるかな。夢も現(うつつ)も同じ。それが平井和正の認識、世界観そのものなのですから。

地球樹と幻魔は違う作品ですよ。夢見る作家・平井和正に、そんな常識を説いたって聞く耳はありません。彼のなかでは、それらは一如なのです。
異なる作品と作品のその境界線が揺らぎ、消え、融合する。そしてそれは、作品世界だけにどまらない。作者と登場人物、エッセイと小説、究極は現実と虚構にまで及ぶ。それらは不確かで、定形をとどめず、自在に変化する。キャラの年齢なんて、云うに及ばず。それは単に作家である自らが創作したファンタジーではなく、まさにそんなマジカルワールドを平井和正は生きていたのだと思います。
その認識を受け容れられないひとは、いきおいこの作品をウルフランド的セルフパロディとして遇するでしょう。かつてのワタシのように。※
もちろん、小説の解釈に正しいも間違いもありません。そういう解釈も、それはそれです。けれど、いまのワタシはこの作品、リアルに受け止めます。正編の『地球樹の女神』や『幻魔大戦』とは別の平行宇宙に、この世界も存在するのだと。そう思ったほうが絶対面白い。平井和正だって、そのつもりで書いたに違いないのです。

http://www1.rocketbbs.com/612/bbs.cgi?id=t_kaname&mode=pickup&no=829

夢だから何でもあり、どんな不条理も起こり得る。その法則の限定解除が、エンターテインメントとしてプラスに働くか、興醒めを招くかは、また別問題です。少なくともこの作品については、心の底から面白いとワタシは感じました。

初出時に一度だけ読んで、干支がひと回りして再読したのですが、こうも印象が変わるものかと吃驚しました。ひとは変わる、成長する。読みのレンジも、考えも、感性も。だから昔読んだ作品の印象も変わり得る。ああ、とうとうワタシの身にもヒライストあるあるの「お迎え」が来たのだなと(笑)、そんな風にがっかりした作品も、次に読めばまた違って見えるかもしれないと、あらためてそう思ったのでした。


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