サロン・ド・ぼへみ庵

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クッキーを食す / 呪文

スト・ラン、ここだけの話。 - Name: カナメ Mail - Home No.1568 - 2018/04/11(Wed) 00:48:54
『ストレンジ・ランデヴー』再読の感想を書きました。ツイート的にサラッと語るだけのつもりだったのですが、いざ書いてみると、そこそこの長文になってしまいました。よかったら読んでみてください。

奇蹟のノンSF短編集〜ストレンジ・ランデヴー

でも、不思議なんだよねえ。ウルフガイのシチュエーションの意図的模倣なんて、読めば気付かないはずはないし、それならもっと強烈に覚えていそうなものなんですけど、きれいさっぱり忘れておりました。本当に魔法にでもかかっていたのかもしれませんね。お陰で初読同然に愉しめましたけど。
発表当時の感想を探してみたんですが、この掲示板の開設自体が2003年で、間に合わなかったみたいです。

短編『ストレンジ・ランデヴー』は、ウルフガイ・ドットコムの「掘り出し物」のひとつとして発表されました。あのひとが表紙を飾っています。なつかしいなあ。こちらには作者の「追記」が載っていて、元となった小説は浪人生時代の執筆であること、文通していた二人の女の子に読ませるために書いたことなどが語られています。貴重な談話なのですが、残念ながら本の刊行とともにウルコムからは下げられてしまいました。
かなうならルナテックe文庫から、こちらも収録した増補版を出してほしいところです。云いたかないけど、集英社e文庫のアレはないわぁ。

集英社e文庫といえば、『インフィニティー・ブルー』も出ておりますね。奇しくもKADOKAWAからは『サイボーグ・ブルース』が出ていて、読み比べてみるのも一興です。ただ、インブルって額面は2冊でも、実質8巻ですからねえ。深みにはまってしまいそうだ。
ボリュームもさることながら、作品の根本がね。食事もできない、涙も出ない。そんなサイボーグはもう古い。気持ちいいエッチだってできちゃう、夢のテクノボディ・マシナリー。……それって、どうなの? というね。やっぱり、このテーマはいまは重すぎる。いやホント、マジに考え出すと、ファンやめようかな、ということになりかねませんのでね(笑)。グランドライン後半の平井作品、“泉谷あゆみ期”の大海には、いずれ挑みます。
いまは幻魔の旅に専念しようと思います。


Re: スト・ラン、ここだけの話。 - Name: keep9 Mail - Home No.1569 - 2018/04/13(Fri) 20:08:45
懐かしい想い出がよみがえってきました。素人絵描きとしての最盛期と言って良いでしょう(苦笑)。

「やらせてもらえることが名誉」っていうファンアートでしたけど、当時住んでいた富山市内のあちこちを資料写真を撮って歩いたのも良い想い出です。富山って本当に抜けるような青空が滅多に見られないところで、白い空をごまかすためにスカイブルーのグラデーションを重ねたり、とか、解像度の低いデジカメ画像のジャギーを手作業で取り除いたり、とチョコマカした作業に熱中してたなとか、そんなことはよく思い出しますね。

今は職場の子どもたちのためにピカチュウとかプリキュアとか描いたりしてます(笑)。


2001年懐古の旅 - Name: カナメ Mail - Home No.1567 - 2018/03/24(Sat) 03:10:45
なんとまあ、味も素っ気もない表紙だこと、集英社e文庫。
でも、ライブラリには本のカバーが表示される。だからウェブページ上の画像は、まあ、あながちウソではないということにはなるんだけれども。
もしや不具合では? と最初は思ったのですが、これは仕様であるらしい。eブック本体には重い画像を載せないという省容量設計。古典的文学作品ならこれでもいいでしょうが、イラスト重視のエンタメ小説でコレはちとさびしい。

あとがきも凄い。『月光魔術團・幻魔大戦DNA篇』の完全予約版の告知が、そのまま掲載されている。
「予約払込受付開始 2001年10月1日(月)。」(笑)。これを見て、いまは存在しない駿台曜曜社に申し込みをするひとは、よほどのうっかりさんでない限りいないとは思いますが……。
「集英社」の付かない我らが「e文庫」だったら、ばっさりカットするか、少なくとも口座番号、住所、電話番号は伏字にし、「これはもうやってません」的な注釈は付けるところでしょう。手を入れる気、一切ナシ。いっそ清々しい。お陰で、懐かしい気分を味わえました。

歳をとると時間が経つのが早くてね。2000年? 満島ひかりがFolder 5のHIKARIだった頃だよね。ついこの間じゃん。とまあ感覚的にはそんなカンジなんですが、客観的には00年生まれのミレニアムベイビーが、高校を卒業しているわけで、容赦ない時の流れを認識させられた当時のあとがきでありました。

無印で6巻「悪霊教団」、真で「夢魔の寝室」まで読み進んだ幻魔の旅ですが、少し休憩して、『ストレンジ・ランデヴー』の三篇を読み返してみましょうかね。
 


前言撤回。 - Name: カナメ Mail - Home No.1562 - 2018/02/27(Tue) 01:03:24
最初の予定では、原作小説のリメイクにすぎなかったのに、私の内宇宙の“幻魔星雲”が強烈なエネルギー照射を行うにつれ、全く異なる様相を呈し始めた。

すみません。ワタシの唱えた「GENKENストーリー既定路線説」※は間違いでした。灯台下暗し、『幻魔大戦』4巻の「あとがき」にしっかり書いとりましたよ。

※幻魔大戦 翻案
 https://ameblo.jp/tkaname/entry-12355458257.html

ワタシが勘繰るほど、平井先生はワルではなかった。それがわかって何よりですが、読者を悩ます問題作家ぶりに何ら変わりはないんですけどね。
『死霊狩り』ではデスハンターをきちんとノベライズしておいて、こちらはこんな無茶な舵を切るんですねえ。つくづく一筋縄ではいかぬお人ですよ。


Re: 前言撤回。 - Name: DONDEN Mail - Home No.1563 - 2018/03/07(Wed) 00:26:54
この件でちょっと考えてみました。
前に久保陽子の件で指摘したコメントからすると、東丈の『真幻魔大戦』への登場自体が、小説『幻魔大戦』4巻執筆以後ということもありうるので、“既定路線”とまでいかずとも最初は『真幻魔大戦』の展開として構想したものが、小説『幻魔大戦』へとシフトしたという可能性はあるのではないでしょうか。
ただそうだったとしても、東丈の年齢と社会的立場が全く違うので、シフトしたのは“前世で縁ある者たちが結集して組織が作られる”という骨子だけなのでしょうが…。


Re: 前言撤回。 - Name: カナメ Mail - Home No.1564 - 2018/03/21(Wed) 18:49:44
DONDENさん、どうもです。ワタシも大筋で同意です。作者としては、いろいろと書きたいことはあった。ただ、物語として、なにもかもブチ込むこともできない。これはワタシなんかがテキストを書くうえでも、「このフレーズ、使いたいけど、この文章の流れには合わないな」ということで、割愛というかネタの保管庫行き、ということはよくあります。
そんな風に、リアル宗教団体に関与して学んだことは、当然書きたいテーマではあったんでしょうけど、それを『真幻魔大戦』でやってしまうと、「世界(宇宙)の真相を描く」という、もうひとつの大きなテーマがおろそかになりかねない。そこでマンガ展開を離れた『幻魔大戦』を、人間の心理や組織の内実をじっくりと描く、そんな地味めの文学的小説の舞台としつつ、もう一方で『真幻魔大戦』では派手めの『悪霊の女王』路線のエンターテイメント性を維持するという住み分けをしたのじゃないか。そのように考えることはできますね。

それにしてもですよ。着手したのは『真幻魔大戦』が先なんですよ。それなのに、真に東丈が出てくる頃には、もう無印は4巻まで書いていたというね。どんだけ急ピッチで書き上げたんだと。それはまあ筋立ては決まっているし、原作小説まであって、スムーズではあったでしょうけれども。
それで云うと、雑誌掲載順というのは、執筆順とニアイコールどころか、まったくその時期・順序とはかけ離れており、アテにはならないということになりそうですね。


Re: 前言撤回。 - Name: DONDEN Mail - Home No.1566 - 2018/03/23(Fri) 23:38:51
この件はその後も妙に考えてしまっていました。平井和正自身の発言を考慮に入れなければ、「GENKENストーリー既定路線説」というのは普通に肯定できる話だなあと…。以下考察を羅列してみます。

「小説『幻魔大戦』の東丈と田崎宏の対決は、考えてみれば『新幻魔大戦』の第四章 魔人・正雪 の対になっているから『真幻魔大戦』で構想した可能性はあるが、あのストレートなぶつかり合いは十代の少年同士でないと出せるものではない」
「『真幻魔大戦』のルナ王女対タイガーマンの時空を超えた再戦は、漫画エピソードを前倒しで小説化したと考えることもできる。作者自身のリメイクへのモチベーションを減じ、GENKENストーリーへのスムーズな移行を図るための布石だったのであろう」
「『新幻魔大戦』の続編が執筆されなかったことも含め作品全体で、結果が分かっているところには寄り道をさせない(作者にも読者にも)という意図が見て取れる。最初から小説『幻魔大戦』を単なる漫画版のリメイクにさせる気は無かったのだ」

…まあこれらは「言霊」「無意識の領域」を論点に入れた“なんでもアリ”な考察ですけど。

あと『真幻魔大戦』と小説『幻魔大戦』の執筆順は、連動エピソードはある程度同じ時期であろうという気はします。はっきり書かれてるのは東丈失踪がほぼ同時なことだけですが、「杉村由紀は過去の海外事故で死亡/奇跡的生存」「木村市枝の時空の関門越え/電車で未来の自分目撃」や、『真幻魔大戦』と『ハルマゲドン』で“アギラ”の名前がでてくる辺りとかの執筆時期は、内容的にも近接していてもおかしくないと思います。


アメプロに関する雑記 - Name: カナメ Mail - Home No.1565 - 2018/03/21(Wed) 18:55:04
このところ忙しく、書きたいものが溜まっております。無印と真を雑誌掲載順に読んでいくというのも、ぼちぼち進んでおりますし。
なのにどうした訳か、Facebookを主とした昔のテキストをアメプロにサルベージするなんて作業に没頭してしまいました。これはあれですね、試験勉強をしなきゃいけないときに、無性に部屋の掃除をしたくなる心理といっしょですね。
いま読み返すと、正直文章にも考え方にも、若干の違和感を覚えないではないのですが、そこを手直しし始めると、もう根本から書き直しということになりかねないので、必要最小限の修正に留め、過去のテキストのままアップしました。

今日は例の生頼範義エスタンプ展の最終日ということもあり、がんばって初日のトークイベントのレポートをアップしました。記録として簡単に済ませるつもりだったのですが、書き始めるとそこそこの長さになってしまいました。よかったら読んでみてください。

■タローさんの「南の国から」〜生頼範義の『神話』をめぐって
https://ameblo.jp/tkaname/entry-12362038184.html


終わりと始まり。〜新章開幕のごあいさつ、そして利用規約じゃないけどまあそれ的なやつ。 - Name: カナメ Mail - Home No.1559 - 2018/02/22(Thu) 20:48:32
かねてからの告知どおり、「サロン・ド・GENKeeeeN」は店じまいしました。そして、「サロン・ド・ぼへみ庵」として、リニューアルオープンいたしました。
話が違う? ええ、あれから事情も気持ちも変わりまして、もともとログを残すことは決めていたのですが、投稿の機能も継続することにしました。それにあたり心機一転、名称も新たにしました。
やっぱり、掲示板には未練があります。たとえば、これ↓に寄せられた指摘なんて、自分ひとりではまず気付くことはありませんでした。たったひとつの証拠が、自説を根底から覆す。こんなエキサイティングな体験は、ひととの交流があってこそです。

No.1545 久保陽子が「幻魔」を変えた! 〜真幻魔大戦「スリーピング・ビューティー」
http://www1.rocketbbs.com/612/bbs.cgi?id=t_kaname&mode=pickup&no=1545

さて、リニューアルオープンにあたり、ここであらためてルールではないですが宣言をしておきたいと思います。
ここはあくまでも、ワタシことカナメが個人の趣味で開く云わばサロンです。ワタシの判断で、お呼びでないと判断した投稿や人物には、掲載や参加をお断りさせていただく場合があります。あらかじめご了承ください。
その際、表で「お引き取りください」なんて、わざわざ云いません。そういう投稿は、いつの間にか消えています。そしてその投稿者は、二度と投稿ができなくなっています。世はこともなし。
横暴だ、専制だ、発言の自由はないのか、とか仰る向きは、どうぞよそをあたってください。

ニュートラルなボードリーダーぶるのは、もうやめにします。これほどワタシに向いていない、適性の欠如した役割はありません。そんなものになろうとし、やろうとしたことが、そもそもの間違いだったのです。そのせいで、こんな閑古鳥の鳴く掲示板に積極的に投稿してくださった方にも、古くからこの掲示板を読んでくださっている皆さんにも、ともに迷惑をかけてしまったことは、申し訳なく思います。

その反省を踏まえ、これからは自分が付き合う相手ぐらい、自分で選ばせていただきます。なんか文句ある? 文句のある方は、どうぞ以下同文。ウルフガイ・ドットコムでもあるまいし、たかが個人所有のプライベート掲示板、なにを肩ひじ張っていたのやら、って感じです。
まず、ワタシが愉しいと思うこと。それがここのなじみの皆さんにも、よろこばれることだと思っています。そう云えば、不遜に過ぎるでしょうか。

とかそんなことを云いながら、投稿なんてまったく無い、ということも充分考えられるのですけどね。
ワタシ自身のステージは、ブログに移してしまいましたしね。ワタシという、ほとんど唯一の書き手をなくしたこの掲示板が、果たして掲示板として機能するのか? 試してみるのも一興でしょう。
まあ投稿がなければないで、ログの保管場所として残すのは既定路線ですから、何ら変わりはない。投稿の機能はあるが、誰もその機能を使用しない掲示板の跡地としてここに在り続ける、それもまたよし。世はこともなし。


うわ、 - Name: おかもと Mail - Home No.1560 - 2018/02/23(Fri) 00:00:27
カナメさんが「ひらりん化」している(笑)


Re: うわ、 - Name: カナメ Mail - Home No.1561 - 2018/02/24(Sat) 11:39:15
おかもとさん、どうも。
さすがに「ひらりん化」は面映ゆいですね。ワタシのような器の小さな人間がパーティを催す際の、ワタシ自身の心得を文章化するとこうなったということです。これまで気心知った者同士の暗黙の了解、空気感にちょっと寄っかかり過ぎてたという反省もあります。古くからここを読み、親しんでくださっていた皆さんには、なんら変わるところはありません。
ひらりんに化せるものなら、化してみたいものです。おれも生きたや、ひらりんのよに。……こう云うと、ちょっと弔辞っぽいですね。


花に嵐のたとえもあるさ さよならだけが人生だ。 - Name: カナメ Mail - Home No.1554 - 2018/01/28(Sun) 22:08:04
アメーバにブログを開設しました。
この辺で当掲示板は店じまいして、ワタシの平井和正活動の場は、今後そちらのブログにシフトしようと思います。別に急に思い立ったわけではありません。このSNS主流の時代に、閉じた掲示板もどうかな、そちらと連携できるブログがいいんじゃないか、そう前々から考えていたのです。画像のアップも1件1枚で貧弱ですし。
ただ、ネックは過去ログも含め数百件におよぶ投稿の数々で、これを消してしまうのは忍びない。それでズルズルとここまで来てしまいました。これを簡単に丸ごと移行できるなら、とっくにそうしていました。
最低限、ここのログだけは閲覧可能な形で遺すつもりですので、その点はどうぞご安心ください。

発信の場がひとつ無くなることに、残念に思われる向きもいらっしゃるかもしれませんが、ご自身でブログや掲示板を開設するなりして、大いに筆を奮っていただければと思います。今後のご活躍をお祈りしています。
それでは、新生サロン・ド・GENKeeeeN ≪ブログの巻≫にお付き合いください。
https://ameblo.jp/tkaname/


Re: 花に嵐のたとえもあるさ さよならだけが人生だ。 - Name: 生頼範義展が盛況で何か安心した幻魔大戦バガボンド Mail - Home No.1555 - 2018/01/28(Sun) 22:31:55
いつか、こういう日が来るとは思ってはいましたが、
とうとう来ました。
まあ、私もここのシステムは垢抜けないにもほどがあるなぁと思ってはいましたが。
幻魔大戦の元ネタは、別に過去ログみなくても言えるのですが、
七月鏡一先生のツイート記録と「日下三蔵の昭和SF&ミステリ秘宝館 平井和正編」は貴重な記録な気がするのでバックアップを取らせて頂きます。


Re: 花に嵐のたとえもあるさ さよならだけが人生だ。 - Name: 奈津 Mail - Home No.1556 - 2018/02/14(Wed) 22:31:14
ここを閉じられると知り、一言お礼が言いたくてお邪魔いたします。

こちらでは、随分と楽しませていただきました。過去ログを読んでいると当時が思い出され、ついつい読みふけってしまいます。本当に貴重な場所でした。
ここは残してくださるし、カナメさんの新しい文章はブログで読めるにしても、なじみの場所がまた一つなくなってしまうような寂しさは感じてしまいます。胸がいっぱいになる感じ・・・
本当に、どうもありがとうございました。
お礼がここで言えてよかったです。


Re: 花に嵐のたとえもあるさ さよならだけが人生だ。 - Name: 平井和正の再評価を祈っている幻魔大戦バガボンド Mail - Home No.1557 - 2018/02/17(Sat) 18:32:35
私もお礼を申し上げるのを忘れておりました。
2014年ごろにデスマーチ案件から解放されて以来、長年のもやもやと幻魔大戦の続きが読みたい病が発症しておりましたが、
このBBSのおかげで救われたように思います。
新しいブログは陰ながら楽しみに拝見させて頂いております。
2月2日の平井和正さんを偲ぶ会に関する感想などをできれば拝読させて頂ければ幸いです(とある方のツイートで「生前に交流があり且つ昨年の法事まで参加した数名と、遠方で法事に行けなかった同レベルのファンまでしか認めて貰えずファンの確保が大変だったらしい」と伺いました)。

またどこかで私もサイトをシレっと開設して7巻以降の元ネタを書きたいと思います。


Re: 花に嵐のたとえもあるさ さよならだけが人生だ。 - Name: カナメ Mail - Home No.1558 - 2018/02/18(Sun) 11:26:24
奈津さん

丁寧なご挨拶をいただき、ありがとうございます。
それで、ちょっと云いにくいんですけど、掲示板、続けることにしました(笑)。
詳しくは、後程。


鑑賞してから読む 生ョ範義 展 THE ILLUSTRATOR 1月6日 (土) 〜 2月4日 (日) 上野の森美術館で開催 - Name: 薄っぺらいニワカファンの幻魔大戦バガボンド Mail - Home No.1552 - 2018/01/07(Sun) 12:47:07
17.11.12(日) 筒井康隆自作を語る#4 〜筒井康隆コレクション完結記念〜
に行ってみたのですが、区の会館に開場前から人が結構並んでいて
筒井康隆が来るだけでこんなに人が来るのかとびっくりしました。
私は関西大倉高校出身で、筒井康隆が春日丘高校出身と同じ大阪第二学区なので
郷土の偉人なのですが、失礼ながら、こんなにこの方を支持なさっている方が多いとは知りませんでした。

「日下三蔵の昭和SF&ミステリ秘宝館 平井和正編」は数えられるくらいしか人が来ず、平井和正も筒井康隆も似たようなものだろうと思っていましたが
違うのだという事を理解しました。

さて、とうとう、東京 上野にやってきた生ョ範義 展
1月6日に朝7時半に上野の森美術館に行ってみたら誰も並んでいませんでした。
駅地下の喫茶店やパン屋を梯子して時間をつぶして9時に行ってみたら
10人か20人くらい並んでいました。待っていたらどんどん人来ます。
開場前には200人ほど並んでいました。

開場後、のんの解説ナレーションを聞きながら、順番に鑑賞していきました。

私も頑張って#ohraiのハッシュタグでTweetし、黄金の犬という映画のイラストのポストカードを最後にもらいました。

物販の売店が凄く混んでいて、買い物を終わらせるのに1時間くらい掛かりました。
商品を選んで会計のレジ前に並ぶのだけで45分くらい並んでいました。(あれ、どうにかならないですかね。)

1月6日は次のものを購入しました。
宮崎での展覧会図録の、PARTU・V・拾遺集のBOXセット
神話
狼の紋章
狼の怨歌
ベガ(立像)塗装済み \45,000(税込み価格 \4,8600)

http://radiko.jp/#!/ts/TBS/20180106230000
なんか大盛況のようです。新宿5丁目のLiveWireに来た人たちは
泉谷あゆみ遭遇後の方向についていけた人たちでした。

生ョ範義展でベガの立像の前で写真を撮っている人たちや
物販でウルフガイを購入している人たちが
1980年代に幻魔大戦を2000万部のベストセラーに押し上げた人たちなのですね。

明日のトークイベントにまた行きます。
自分の好きなものが人口に膾炙するのはなんか嬉しいですね。
この人たちが幻魔大戦の続きを読みたくなって、幻魔大戦 Rebirthを買ったり、Web連載の応援ボタンを押しまくれば、
私の読みたかった結末が読める日が来るのでしょうか。


Perfumeじゃないっ! - Name: 薄っぺらいニワカファンの幻魔大戦バガボンド Mail - Home No.1553 - 2018/01/21(Sun) 21:09:59
なんか生ョ範義展に行った人のTweetを眺めていると、Perfumeっぽい絵とか「perfumeのクリアファイル」とつぶやきがあるので
画像ファイルを見てみると、「平井和正の幻魔宇宙U」の付録ポスター「時を継ぐ者たち」でした。

https://twitter.com/Lovot_sm/status/954729304654360576
https://twitter.com/MAEDA_Usotaro/status/954552543283048448
https://twitter.com/zelkova_hill46/status/954680976415760385

平井和正の幻魔宇宙Uは1983年に発行された雑誌なので、当たり前ですが、この年にPerfumeがいるわけではありません。
ボブカットが一人いて、長髪が2人の美女三人組というのが、この絵を知らない人にとってはPerfumeとダブって見えたのだと思います。

では、この3人は誰なのでしょうか。

七月鏡一先生説

https://twitter.com/JULY_MIRROR/status/954819547894185985
昔からこの絵に描かれてるのは誰なんだろう?と思ってますが、上から「東三千子」「杉村優里」「ソル王女」かなあ。

夏が好き師匠説
https://twitter.com/lovesummerI/status/954866829582729216
上から「ムーンライト(お時)」「杉村優里」「クロノス」かなあ。

そうです。リアルタイムのファンたちでさえ、誰かが言えないのです。

ただ、真ん中が杉村優里というのは一致する見解のようです。
真ん中の女性は、長髪で背が高く、肩もがっちりしていて、錫杖を両手に持っています。

では、一番上の女性は東三千子なのでしょうか。ムーンライトなのでしょうか。

一番下の女性はソル王女なのでしょうか。クロノスなのでしょうか。


何か資料はないかと幻魔宇宙を眺めてみると「平井和正の幻魔宇宙」(T)時代別宇宙図の左隅(27P)に
次のような記載があります。
-------------------------------------------ココカラ---------------------------------------------------------------------
 「新幻魔大戦」におけるエド2000年で滅亡しかけた地球とは別の歴史をもつ地球を生み出す為、
そして真の救世主を生み出す為にタイムリープするお時、
彼女の為にお守りとしてベアトリス王女が思念をこらして作った釵が"ベアトリスの釵"である。
この釵を身に付けたお時は寛永年間に飛び、新しい超能力者の家系を生み出す。
"ベアトリスの釵"の守護により魔人正雪を打ち倒したお時は、ムーンライトと名を変え、
「真幻魔大戦」の東丈の前に現れる。
 映画「太陽の戦士」の監督風間亜土を訪ねた丈は、亜土に瓜二つの女性お蘭と出会う。
お蘭も又、"ベアトリスの釵"の所持者であった。お蘭からお守りとして釵を受けとった丈ではあるが、
その釵を杉村優里に渡してしまう。"ベアトリスの釵"を身につけた優里もタイムリープして7世紀の日本へ飛んだのである。
-------------------------------------------ココマデ---------------------------------------------------------------------
「平井和正の幻魔宇宙U」P119 ドキュメント・ファイル2 ベアトリスの釵は時空を超えて・・・
-------------------------------------------ココカラ---------------------------------------------------------------------
東丈の心にはてしなくも深い安らぎを与えてくれる
お蘭!
美しい女性が東丈に託した銀釵は暗闇に潜む大魔王の如きものから東丈を守った。
・・・それは
"ベアトリスの釵"!だった。
プリンセス・ルナの愛娘・ベアトリス王女が
エドの街でお時に手渡した神秘の霊物が、
三四0年の時をへだてて、いま東丈の手に!
だが、彼はその身を守るべき
貴重な"力"を
杉村優里のもとに残して去った・・・・・・
だが、優里もまたベアトリスの釵を手にしたまま七世紀の日本―
白皙の美青年、役小角の時へと飛んだ。
"時を継ぐ者たち"の手から手へと、
平打ちの銀釵は稀有の運命を背負うかのごとく、移動してとどまるところを知らない。
いまもまた、ベアトリスの銀釵はどこかの世界で、超能力者の戦士たちを、
宇宙の暗黒の支配者"幻魔"の手から守りつづけているにちがいない。
-------------------------------------------ココマデ---------------------------------------------------------------------

SFアドベンチャー編集部としては、杉村優里の"時を継ぐ者"という役割は風間蘭から引き継がれた可能性があります。
そうすると、一番下の女性はソル王女でもなくクロノスでもなく風間蘭という可能性があります。
消去法としてソル王女は黒髪でないはずです。クロノスは時空を超える宿命や能力を背負っていましたが、
それはムーンライト(お時)から引き継がれた役割ではありませんでした。

同様に東三千子もハルマゲドンの少女で様々な世界を転々としますが、
それは別のパラレルワールドの少女のころの東三千子です。
またその東三千子はベアトリスの釵を引き継がれてお時の役割を担っていたわけではありません。
そう考えると一番上の女性はムーンライトだと考えるのが妥当な気がします。

このような理由により、私の考えとしては、
上から「ムーンライト(お時)」「杉村優里」「風間蘭」かなあ。


ビッグ3・座談会 GENMA-WARSはまだ終わらない いや、いまこそ戦いの火ぶたは切って落とされるのだ。 - Name: 薄っぺらいニワカファンの幻魔大戦バガボンド Mail - Home No.1551 - 2018/01/04(Thu) 23:33:45
1979年8月発売のアニメージュ増刊 リュウVol2.に掲載された座談会。
なんか平井マニアからするとリュウにこういうネタが載ったことがあるというの死角のようです。
https://twitter.com/hexagonminer/status/947468263587430401

私、通っていた古本屋にリュウが結構置いてあったので
買えるだけ買って読みましたが、幻魔大戦にここまでクローズアップしたのは
この号だけだった気がします。
徐々に人気が下がり、安彦良和のアリオンを売り出すように変わっていきます。
ただ、何かの号でサイボーグ・ブルースのコミカライズを見かけたような気がしましたが、
なんか中途半端にコミカライズしてみた感じの企画に終わっていたように思います。

ちなみに、この座談会の内容は、
e文庫 真幻魔大戦2巻の巻末に収録されていますので、
ご興味のある方はKindleなどの電子文書端末でそちらをご参照ください。


幻魔大戦Rebirthの元ネタ紹介(6) - Name: 薄っぺらいニワカファンの幻魔大戦バガボンド Mail - Home No.1549 - 2017/12/31(Sun) 21:30:49
ハンドルネームを幻魔大戦ジプシーから幻魔大戦バガボンドに変えたいと思います。

2017年1月15日の新宿5丁目LiveWireのトークライブ「日下三蔵の昭和SF&ミステリ秘宝館 平井和正編 Part.1」にシレッと参加しました。
休憩時間になって七月鏡一先生が次のような告知を仰ったように記憶しています。
「来月からの幻魔大戦Rebirthは犬の帝国をやります。真幻魔大戦第三部で描かれなかった部分を描きます。」
私はえぇっとなりました。
真幻魔大戦第三部は、確か高校生の時に読みましたが(確か1994年頃かな梅田の淳久堂に行ってみたらあの頃はまだ徳間文庫の真幻魔大戦がたまたま置いてあって買えました)、
結末が知りたくて最後の方を読んでみたら、やはり中途半端な感じで終わっている。。。
残念な気持ちになってザザ読みして終わらせていました。

「えっ、あの続きやんの?でも、描かれざるところだから、クロノス達が破滅世界に来る前に東丈がやってきてしまったという話かもしれない・・・」

そして2017年2月12日「日下三蔵の昭和SF&ミステリ秘宝館 平井和正編 Part.2」、
私はもしかしたらGから始まる某宗教団体に勧誘されるかもしれないとドキドキしながら(本当に思っていました・・・)
勇気を振り絞って懇親会に参加しました。
参加したら、宗教臭い話は一切なく昔のイベントは懐かしかったねとか、なんかSF作家の内輪の愚痴ばかりを聞かされ、
特に感動するような話はなく、平井和正にハマってしまって抜け出せないまま大人になってしまった濃い大人たちの昔話の飲み会でした。
愚痴話ばかりを聞いていて、なんか、日本SFって斜陽なのかなーみたいに思いながら話を聞いていました。

ただ話の途中で七月鏡一先生がiPad AirのKidleに保存している生頼範義画伯の画集の一つの絵を皆に見せてくれました。
それはSFアドベンチャー増刊号 平井和正の幻魔宇宙Wの表紙の絵でした。
「真幻魔大戦第三部のラストシーンの絵だと思うんだけど、月が2つあるんだよねぇ。これってどういうことなんだろう?」
雑誌の表紙の絵は上空の2つの月がムックの表紙に収まることができなかったため、私はこれを聞かされるまで上空に月があることさえ知りませんでした
(なんか同じタイミングで小太りでない革ジャンを着てメガネを掛けたお兄さんが左隅の犬の頭に何かコメントをなされた気がしましたが、
私はその絵をちゃんと見ていなかったのでピンとは来ていませんでした)。

ただ実際の黄金の獣神のラストは、ヘフスイと対峙している黄金の獣神に戦艦が大口径の火球弾を発射し、
黄金の獣神が咆哮を上げながら火球弾をはじこうとしている最中に、洞窟基地(超古代文明の遺跡)の蔵している磁場が外部に溢れだし、
キールが犬人族帝国の内外には存在しない異世界に遭遇するというシーンで終わっています。

足元の犬の生首はラストの方で黄金の獣神に八つ裂きされたメルダイな気がするし(ネットを見ているとヘフスイだという説もあり)、
クロノスの脈を診ているジョージ・ドナーは生頼画伯によくある拡大解釈だとして、
戦艦の背後の上空に浮かぶ2つの月は何なのでしょうか?生頼画伯の拡大解釈なのでしょうか。
それとも平井和正の未発表原稿を生頼画伯が読んでいてそれをベースに描かれたものなのでしょうか。

真幻魔大戦第三部 破滅世界という1984頃の幻魔大戦ファンの垂涎の結末が待ち受ける舞台に、Rebirthの東丈は来てしまったのです。

第31話 東丈の消失

https://twitter.com/JULY_MIRROR/status/824661007674990594
>三千子お姉さんはどこに行ってしまったのだろうか。なぜ卓と入れ替わっていたのだろうか。まだ、その謎が解き明かされていないことには何か意味があるのかな?
意味はありますが、明かされるのはもっと先です。


P32. 2コマ目
氷河戦士ガイスラッガーのソロン号
https://twitter.com/sousai_h/status/851815668613693444
https://twitter.com/sousai_h/status/851834573189136384

第32話 幻魔領域T
P66
「破壊王」という言葉。幻魔大戦に出てくる用語。真幻魔大戦第三部ではダツラが自分が破壊王になると言い出したり、なんか無印幻魔大戦第二部ハルマゲドンで高鳥慶輔が言い出したりします。
ちなみに早瀬マサト先生は、ハカイダーのボディの鎧を着せて破壊王と名乗らせていたので、一瞬、人造人間キカイダーのサブローをデザインソースにするべきだっただろうとかいう思いが頭をよぎったらしいです。

https://twitter.com/hayasemasato/status/835733472895348737
ギルガメッシュじゃなくてサブロウをデザインソースにすべきだったかw

第33話 幻魔領域U

ウサギ人間ルシイ : 真幻魔大戦第三部に登場するラチルのオマージュ
鹿人間ダルス : 真幻魔大戦第三部に登場するゾードのオマージュ

犬人兵 : 石ノ森章太郎のドッグワールドという作品のオマージュ

P81.1コマ目のルシイのセリフ
覚えておいて みんながあなたを嫌うのには、それなりの理由があるの・・・

その理由って何?!

リグルス艦長:真幻魔大戦第三部に登場するヘフスイのオマージュ

第34話 幻魔領域V

P.114
山猫人グアランディール:真幻魔大戦第三部に登場するゴーゴルドウのオマージュ

P132.1コマ目
この世界の"救世主"の伝説だ!

真幻魔大戦第三部には犬人族に伝わる東方の救世主エスカルの伝説が存在し、エスカル教というものも存在します。
真幻魔大戦第三部に登場するダズンが進行するのがエスカル教です。

第35話 幻魔領域W
P138.1コマ目
狼のシルエットが戦艦を崖の上から見下ろしている。ナルはまだこの世界に居残っているのか・・・

P145
知らない星座をみて少なくとも違う時代に来ていると悟るのは、真幻魔大戦第三部でそういうシーンがあり、それのオマージュです。

P158-160
ビルの窓ガラスに映るドク・タイガー
仮面ライダーアマゾンのコミカライズ版で、山本大介を追跡する十面鬼ゴルゴスがビルの窓ガラスに映るシーンのオマージュ

第36話 幻魔領域X
P195-P196
( ゚∀゚) ドゥルッドゥー ドゥルッドゥー (゚∀゚ )
( ゚∀゚) ドゥルッドゥー ダッダッダラー (゚Д゚*)
( ゚∀゚) ドゥルッドゥー ドゥルッドゥー (゚∀゚ )
( ゚∀゚) ドゥルッドゥー ダッダッダラー (゚Д゚*)


私の記憶が曖昧で申し訳ありませんが、1990年代ってまだどこかの本屋に行くと売れ残りの平井和正の文庫本が置いてあったりした気がします。
大学生の時、梅田の紀伊国屋で早川文庫のウルフガイを見て「フーン、早川文庫版なんてのもあるんだ」思ったような記憶がありますが、
もしかしたら何かの勘違い―空脳だったのかもしれません。

ただ、1月6日に上野の森美術館に行くと買えるんですよね、今ではもう買えなくなったものを、
2017年2月12日「日下三蔵の昭和SF&ミステリ秘宝館 平井和正編 Part.2」で日下三蔵さんが仰っていた雪解けを目撃できるんですよね。


Re: 幻魔大戦Rebirthの元ネタ紹介(6) - Name: 薄っぺらいニワカファンの幻魔大戦バガボンド Mail - Home No.1550 - 2018/01/02(Tue) 12:26:27
気になる「幻魔宇宙」4の表紙 1993.02.26
カナメ師匠が25年も前に触れられているネタだったのですね。
私、Rebirth7巻の内容には触れないつもりだったのですが、「ナルはまだこの世界に居残っているのか・・・」
というのは、Rebirthの幻魔領域編が幻魔宇宙Wの表紙の後だとわかったうえでないと出てこない文言ですね。


久保陽子が「幻魔」を変えた! 〜真幻魔大戦「スリーピング・ビューティー」 - Name: カナメ Mail - Home No.1545 - 2017/12/23(Sat) 21:56:42
久保陽子も犬神明もアダルトが先! ……これを書いてから、ずいぶんと時間が経ってしまいましたが、ようやっと『真幻魔大戦』(以下「真」)では「スリーピング・ビューティー」、『幻魔大戦』(以下「無印」)では3巻までを読み終えました。初出を以下に列記しておきます。例によっておかもとさんのヒライストライブラリーを参考にさせていただきました。毎度お世話になっております。

◇ビッグ・プロローグ
 SFアドベンチャー1979年8月号
◇サディスティック・サイキック・タイガー
 SFアドベンチャー1979年10月号

◇スーパー・バロック・プリンセス
 SFアドベンチャー1979年12月号
◆幻魔大戦 1 幻魔宇宙
 野性時代1979年12月号

◇ザ・ESPファミリー
 SFアドベンチャー1980年2月号
◆幻魔大戦 2 超戦士
 野性時代1980年2月号

◇スリーピング・ビューティー
 SFアドベンチャー1980年4月号
◆幻魔大戦 3 最初の戦闘
 野性時代1980年4月号

「スリーピング・ビューティー」で久保陽子が全幻魔シリーズを通じて初登場します。同じ頃、無印では、ニューヨークで幻魔との戦いを繰り広げていました。
ワタシはこのことを以前に人づてに知ったのですが、驚きましたね。GENKENメンバーって、みんな無印で生まれたもの。それが大人になって、真に再登場したものと、もう頭から思い込んでいましたから。
事実はそうではなく、真で生まれた久保陽子というキャラ、東丈の高校時代からの同窓生という設定を無印に反映することで、無印ワールドは漫画版『幻魔大戦』(以下「漫画版」)とは大きく軌道を変えた、というのがそもそもの順序だったのです。

余談ですが、それ以前に無印に“クェーサー”を持ち込むことで、ザメディとの戦闘以後の展開は漫画版から一変します。そう、無印はなにも、4巻から急に変わったわけではないのです。
真の存在が、無印を変えた――。これは皮肉というか、面白いですね。漫画版の「やり直し」が真だった、そもそもは。で、真が小説で、その話の起点が漫画のままじゃあアレだから、小説にしようと。それが『デスハンター』を小説化して『死霊狩り』にしたようなストレートなノベライズだったら、話はシンプルだった。ところが、小説の無印は質・量ともに真すら凌ぐ存在感をもった物語として、独自の成長を遂げてゆく。そのきっかけが、真の要素を持ち込んだ云わば化学反応にあったのですから。

でも、こればっかりはオンタイムで掲載誌を読んでなくてよかったと、ちょっと胸をなでおろしています。だってもう完全に、無印での久保陽子のその後をカンニングするようなものじゃないですか。あの当時、掲載誌を出た順に読んだ読者は、無印に久保陽子が登場したとき、どういう気持ちを抱いたのでしょうね。そんな人にもし会えたら、ぜひお伺いしてみたいものです。

もうあからさまと云っていい久保陽子の好意に気付かない青年・東丈の鈍感ぶりは犯罪レベルです。三千子姉さん、叱ってください。もちろん、自分に都合の良い関係を維持するために、無意識に気付かないフリをしているだけなのですが。
東丈を前にしているだけで、連鎖的にヘマをやらかしてしまう。なんとも可愛らしい、いいコなのですよ。ただただ、恋した相手が悪かった。もっと普通の男を好きになっていれば、幸せな家庭を持ち、幸せな人生を送れるはずだったのですが。
東丈のような特別な人間を自分だけのものにしようとした愚かさ、分不相応。そう云ってしまえば、それまでです。けれども、そうした成り行き、関係、ポジションそのものが、彼女のになう役割でもあります。それはおそらく、作者にさえはかり知れぬものなのでしょう。彼女もまた平凡な人間なんかでは決してありません。その存在の大きさは、井沢郁江すら凌ぐものです。
云ってしまえば、彼女が無印を漫画版から変えた。――「妄想幻魔大戦」といった造語に見られる世間的「幻魔大戦」のイメージ――(無印)幻魔大戦を幻魔大戦たらしめたのが、久保陽子だと云っても過言ではありません。

東丈を慕う可憐な娘は、やがて彼を呪う魔女へと変貌してゆく。怖い怖い女の妄執。しかし、この問題は(ワタシの記憶が正しければ)後期ゆるふわひらりんの第三次幻魔大戦でもついに触れることはありませんでした。そのことそのものが、久保陽子問題の難しさ、闇の深さを物語っているように思えてなりません。


Re: 久保陽子が「幻魔」を変えた! 〜真幻魔大戦「スリーピング・ビューティー」 - Name: おかもと Mail - Home No.1546 - 2017/12/24(Sun) 18:34:14
> でも、こればっかりはオンタイムで掲載誌を読んでなくてよかったと、ちょっと胸をなでおろしています。だってもう完全に、無印での久保陽子のその後をカンニングするようなものじゃないですか。あの当時、掲載誌を出た順に読んだ読者は、無印に久保陽子が登場したとき、どういう気持ちを抱いたのでしょうね。そんな人にもし会えたら、ぜひお伺いしてみたいものです。

いや〜、どうだったかな。
知ったら知ったで、この(高校生の)久保陽子がどんなふうに変わっていくか、今度はそのあたりが興味シンシンだったような。

それにしても、久保陽子、河村蓉子、東洋子と、ひらりんはヨウコさんにこだわってるなぁ、とおもったことでありました。


Re: 久保陽子が「幻魔」を変えた! 〜真幻魔大戦「スリーピング・ビューティー」 - Name: DONDEN Mail - Home No.1547 - 2017/12/29(Fri) 19:06:13
この件で一点指摘しておきますと、旧デジタル版の『幻魔大戦』4巻コメントに、以下のものがあります。

東丈が中学生時代に、三島由紀夫ばりの習作を書いた、ということから真幻魔大戦においての青年作家東丈が存在することになった。才能はどの程度あったのか、定かではない。たぶんカルト作家ではなかっただろうか。

これを読むと実際の執筆での初登場は、無印が先の可能性もあるのではないでしょうか。
ただ4巻の久保陽子の諸々の描写(家系的にヤバ目な能力持ちで母親は某宗教団体所属など)の詳細さからすると、これは登場の後先云々というより、最初から“魔女化”して対峙する構想があって幻魔宇宙に投入された人物だったのでは、とも思います。
その辺は4巻限りの“トンカチの郁江”という井沢郁江のあだ名が、後から読み返すと少々浮いた印象なのと対称的です。

あと“魔女のカルマ”について新幻魔大戦のシルヴァーナとの関連を匂わせたことも、どこかの後書き(全集か?)で書いていたような覚えもあるのですが…


Re: 久保陽子が「幻魔」を変えた! 〜真幻魔大戦「スリーピング・ビューティー」 - Name: カナメ Mail - Home No.1548 - 2017/12/31(Sun) 13:56:47
>おかもとさん
トリオ・ザ・ヨーコさんですね。なんかヨーコさんにうらみでもあったんでしょうかね。

>DONDENさん
貴重なご指摘、ありがとうございます!
実際の執筆時期は闇の中だと思っていたのですが、こういう明確な根拠は気持ちがいいですね。
ワタシも旧版の電子書籍を確かめました。いい子ぶってあんなことを云いましたが、やはり新版電子書籍であとがき+コメントコンプリートをやめたことについては、e文庫のなかのひとにおうらみ申し上げたい。

久保陽子が『真幻魔大戦』にも再登場することで、安堵した読者も多いようですが、ここでも彼女は淫霊幻魔に捕らえられてしまう。
『幻魔大戦 第三集』(徳間書店) 東丈の失踪 あとがきIII


ちょうど帰省してまして、蔵書を読み返していましたら、こんな記述も見つけました。
無印幻魔大戦4巻パートの執筆が、真幻魔大戦・青年東丈の登場に先行していたとすると、“クェーサー”も“ジョン・カトー”も無印幻魔大戦発である可能性が高そうです。
そうなると、無印幻魔大戦がザメディ戦以降、ああいう舵を切ったのは、まさに言霊使いとしての直観とでも云うほかなそうですなあ。


あとがきコンプリートをやめた理由について考えてみる - Name: カナメ Mail - Home No.1544 - 2017/12/17(Sun) 01:04:43
狼の怨歌かレクイエムか
 読者からしばしば質問が寄せられ、「怨歌」は「おんか」と読むのか、それとも「えんか」と読むのか教えて欲しいと頼まれますが、実は「レクイエム」なのです。
 とにかく最初は『狼の怨歌』にはレクイエムとルビがしっかり振られておりました。それが何の手違いか、実際に本になった時、ルビが脱落してしまっていたのです。ですから、『狼の紋章』の最初の版、ハヤカワ文庫版では「紋章」にエンブレムとルビが付いています。後の版では削られてしまいましたが、当時の作者の構想では、エンブレム、レクイエムと題名に凝ったつもりだったのです。
〈1985年10月 徳間書店版あとがき〉


はっ、と気が付いて、e文庫が以前に販売していたeブック『狼の怨歌』を開いたらありましたよ。
残念ながら、現在購入可能な電子書籍には収録されていません。ワタシら病的マニアに云わせれば、全部載っけりゃいいんだよ、てなもんですが、e文庫の中のひとの意図を推し量れば、これからはじめて平井和正の作品に触れる読者とか、より広いマーケットを視野に入れてのことかもしれません。
なにしろ、トクマノベルズ版のあとがきがヤバすぎる(笑)。もちろん、そういうところも込みで平井和正だということは、ワタシはよくわきまえておりますが、そういう読者ばかりではないですからね。

出版社を替え、さらに判型を替えた新刊本に書き下ろされるあとがきは、その作品のあとがきを逸脱して、すでに読んでいるのに、買っているのに、それでも付き合ってくれる読者に対するサービスの意味合いが濃い。その極めつけが、電撃文庫版『月光魔術團』に収録されたリアル犬神明インタビューで、もはや作品とは――犬神明つながりというわずかな接点を除き――なんの関係もない。当然、現行の電子書籍にも収録されていません。事情を知らない読者がみたら、なんじゃこりゃですよ。
あとがきも作品の一部、と考えるなら、あまり書かれた年代が小説とはへだたっているそれは、違和感をもたらすかもしれません。そういったところの考慮、配慮なんだろうなと憶測することで、自らの不満をなだめることにします。

マニアはその時代に出た本を頑張って手に入れるなり、大事に持っておけということでしょう。それでも、そうした平井和正の非・小説のエッセイ、あとがき、雑文をまとめてeブックにしてほしいと願っています。ワタシは小説や原作漫画だけを愉しむタイプの読者にはなれない。人生もひっくるめて作品というタイプのアーティストはいて、平井和正はその典型のひとりだと思っています。平井和正のそういうところをスルーするなんて、なんて勿体ないと思う。矢沢永吉のレコードだけ聴いてるようなもんですよ。

で、話が後ろ前になりました。これを書くことになった、そもそものきっかけは、狼の怨歌【レクイエム】[新版]が早川書房から出るからです。狼の紋章【エンブレム】〔新版〕とともに1月6日開催の生ョ範義展でも先行販売されるそうですよ。
http://www.hayakawa-online.co.jp/shopdetail/000000013792/


破滅世界に月はあるのか - Name: 細かいことが気になる幻魔大戦ジプシー Mail - Home No.1541 - 2017/08/27(Sun) 23:06:37
ふと気になりました。
真幻魔大戦第三部の破滅世界に月はあるのでしょうか。
PDF化した真幻魔大戦を検索したところ、
次のような表現が見つかりました。

真幻魔大戦(徳間文庫版)15不死身の戦士
ラチル 1 126P
-------------------------------------ココカラ-----------------------------------
「この世界は、わたしたちの出てきた世界とどんな関係があるの?時間的にいって未来?それとも過去?」
「僕にはわからない。全く見慣れない世界だということは確かだ。クロノス、君は気付いたかい?
星が……星座が全く見慣れない姿をしているんだ。僕は天文少年じゃなかったから、確かなことはいえないが、
少くとも僕が知っている星座は全然ない。ここが北半球なのか南半球なのか、それすらもわからない……」
ドナーの指摘につられて、クロノスは頭上の夜空を仰いだ。月のない暗い夜空には、おびただしい星群が瞬いているが、ドナーのいった通りであった。
-------------------------------------ココマデ-----------------------------------

確かに月という天体があるという描写は出てきませんでした。
しかし、

真幻魔大戦(徳間文庫版)16犬の帝国
犬の法廷 2 96P
-------------------------------------ココカラ-----------------------------------
ゾードは至って低姿勢だった。卑屈な表情が体全体にべったりと脂のように樛み出している。
「いとの月、第三の岩の日の夜、ビダブャ村の西南一セクに、この三人の"異種"が現われました……」
鹿人間は無感動な声音で証言した。
-------------------------------------ココマデ-----------------------------------


真幻魔大戦(徳間文庫版)17幻魔書
非常警報 10 246P
-------------------------------------ココカラ-----------------------------------
猫又のやつばらは、先月へフスイが蹴散らしたばかりではないか。
-------------------------------------ココマデ-----------------------------------


真幻魔大戦(徳間文庫版)18黄金の獣神
魔神目覚める 2 65P
-------------------------------------ココカラ-----------------------------------
月に一度は敵兵を切り刻まないと、血が頭のてつぺんに集まって焦げ臭くなるんだといってた。
-------------------------------------ココマデ-----------------------------------

暦としての月の単位はあるようです。
神話前夜の章にも妊娠むつき(6か月)でランのお腹の赤ん坊(ダー)をジンが引き出してしまったというセリフがあります。

1年は太陽の動きでわかるとして、月という天体がないのに、どうやって一月を数えることができるのでしょうか。
まあ、確かにミリミリと泥臭く日の入りと日の出を数えれば、一月経ったとかわかることはわかります。
犬の帝国は高度な文明を持っているようなので少なくともわかるのかもしれません。

うーん、しかし、8月25日に配信された幻魔大戦Rebirth 第38話 「幻魔領域Z」のラストには驚かされました。


Re: 破滅世界に月はあるのか - Name: みずうみ Mail - Home No.1542 - 2017/08/29(Tue) 01:46:32
無粋な突っ込みを一つ。
破滅世界の連中って我々が知ってる言語を話しているのでしょうか?
「月」って書いてありますけど、平井先生が適当に訳してるだけかもしれませんよ(邪悪な笑)。

この間のRebirthのラストについては、平井先生もあれをねらって第三部を書いてたという説を見たことがあります(そこまで行き着きませんでしたが)。


Re: 破滅世界に月はあるのか - Name: 幻魔大戦ジプシー Mail - Home No.1543 - 2017/10/12(Thu) 01:34:37
ごめんなさい。私が間違っていました。7巻収録のエピソードもあと3話みたいですが、年を越すと新章突入ですかね(来年のことを言うと鬼が笑うと言いますが)。
せめて、真幻魔大戦第三部のラストの続きのダイジェストとか、もうちょっと込み入った結末を読みたいです。


安彦先生が描くんなら「クラッシャージョウ THE ORIGIN」になるんでしょうけどね。 〜クラジョウ&幻魔リツイート - Name: カナメ Mail - Home No.1540 - 2017/08/26(Sat) 20:12:16
> 七月鏡一 @JULY_MIRROR
> REBIRTHか。「クラッシャージョウ」もREBIRTHなのか。もう日本SF-REBIRTH協会を設立するしかないのか。

https://twitter.com/JULY_MIRROR/status/900869714099937280
クラジョウもREBIRTH。サイボーグにお姫様、チビガキ、そしてジョウ。メンバー構成はまさに幻魔大戦と兄弟だ。

『幻魔大戦』を読み直している。究極の軍人に、究極のお嬢様(お姫様)、究極の悪ガキに、究極の中二病! 地球を護るエスパー戦団のガタガタぶりが面白すぎる。クラッシャージョウの四人組もメンバー構成は似ているが、これに比べれば遥かに仲良しグループだ。

エスパー戦団の不和はとりもなおさず、地球人類の不和の雛型でもある。けれど、そこから出発するからこそ、能力をなくしたルーナ姫が故国へ帰るジェットを、空飛ぶ丈とベガとその背に乗ったサンボが見送るシーンは涙が出るほど感動的だ。ああ、平井和正の文筆でこのシーンを読みたい!
(初出 Twitter 一部改稿しました。)


お前はまだゲンマを知らない〜第二次幻魔大戦再読の旅・準備運動 - Name: カナメ Mail - Home No.1534 - 2017/08/11(Fri) 09:28:10
告白すると「A5のステーキ」という言葉を初めて耳にしたとき「デカいな」と思ってしまいました。いや、サイズじゃないから。犬神明(アダルト)ならペロリと平らげるどころか、「できればA4にしてくれ」とか云いそうですが。同じような勘違いで、夏目漱石の『三四郎』を「コイツはいつになったら柔道をやるんだ?」と思いながら読んでいたことも。いや、姿三四郎じゃないから。ていうか、『姿三四郎』も小説だし。小説に小説の原作は、普通ないから。

身を切った恥ずかしエピソードを枕にしたのは、小説のノベライズ、すなわち小説を小説としてリライトすることについて考えてみたかったからです。栗本薫亡き後も「グイン・サーガ」の続編が書き継がれてのいるように、もし才能豊かな作家が小説『幻魔大戦』――いわゆる無印幻魔を小説としてリライトするなら、1〜3巻のコミック版展開を抜きにして、はじめからGENKENストーリーとして書いてほしい、そんな願望を抱いています。

小説『幻魔大戦』に1〜3巻は不要と云ったことがあります( 1 , 2 )。その理由の一つは、シリーズにはコミック版が存在し、多宇宙のひとつとして認められているからです。
小説『幻魔大戦』はコミック版の小説化を企図して執筆が始まりました。新幻魔の世界を起点に生まれ、真幻魔とデュオをなし、そして滅びた「もう一方の世界」として。それがそもそもの青写真でした。しかし、物語は当初の構想・軌道を外れ、コミック版とは似ても似つかない様相を呈することになります。“小説版”ではなく、“別の物語”になってしまった。結果論ですが、ならば最初からGENKENストーリーでよかったはずなのです。

そのほうが物語として、ずっとスリリングだったでしょう。想像してみてください。物語に幻魔が登場せず、東丈が超絶PKを発動することもなく、ひたすら地道に幻魔の脅威を説く活動に従事している、そんな小説を。
「口ではうまいこと云ってるが、コイツは本当に超能力者なのか?」
「幻魔なんて本当にいるのか?」
作中のGENKEN会員同様、そんな疑念を読者も抱かざるを得ないとしたら? 発言や立ち振る舞いから感じ取れる人格だけで、田崎宏や平山圭子のように、東丈を信じることができるのか? 宗教団体小説としては、そのほうがずっとミステリアスです。
読者は神の目線で、真実を知っています。幻魔は実在し、地球に尖兵が送り込まれていることを。東丈が空を飛び、山をも動かす超絶サイキックであることを。それはコミック版展開があるからです。だからこそ不要であるどころか、かえって邪魔であるとさえワタシは思うのです。それが理由の二つ目です。

コミック版展開に軸足をおいて4巻以降を読めば、地味で辛気臭く、おれが読みたいのはこんな話じゃない、ということになるでしょう。逆に4巻以降に軸足をおいて1〜3巻を振り返ると、こんなマンガみたいな(事実そうだったのだから仕方ないのですが)パートいらないよな、ということになります。つまるところ、両者は性質として全く別の作品なのです。
性質的に全く別の作品が、ひとつの作品として無理くりくっついたキメラになってしまっているところが、小説『幻魔大戦』の異様さであり不幸です。

これは本当に同じ小説なのかと思わずにはいられない、まるで「トリコ」が「クッキングパパ」に替わってしまったかのような大転換! アダルト・ヤング両ウルフガイでも、同じような質的シフトはありました。しかし、アダルトでは執筆のさなかに作者自身の人生観の変化があり、ヤングでは執筆時期に懸隔がありました。同じ精神的ステージにあって、連続して書いた小説がこれほどに変貌を遂げた例は、平井和正史でも小説『幻魔大戦』をおいてありません。

3巻までと4巻以降がいかに小説として互いに異物であるか。それはたとえばこんな想像をすれば明らかです。

■もしもシリーズ もしもGENKENにベガがいたら――?

――平山ビルGENKEN事務局
圭子「大変ですっ、郁江さんが暴力団に連れていかれました!」
ベガ「私がいこう」

――塚田組事務所
暴力団員A「なんだ、テメェは?」
暴力団員B「殺すぞ、コラァ!」
ベガ「空間干渉波!!!」

――こうして塚田組は壊滅した。
郁江「ダメだこりゃ」


GENKENストーリーの物語空間は、それこそ「サザエさん」並みに≪日常≫そのもので、ベガのような非現実の存在を受け付けません。これは幻魔シリーズ全体を見渡すと異色です。
「無印」と称されることが示すように、小説『幻魔大戦』はシリーズの元祖であり、本家です。おそらく、何の注釈もなく「幻魔大戦」と告げられたとき思い浮かべるのは、小説『幻魔大戦』であるはずです。たとえば、「妄想幻魔大戦」といった造語に込められた「幻魔大戦」のニュアンスは、おどろおどろしくもドキュメンタリー感に満ちた、小説『幻魔大戦』のそれに違いありません。しかし、その大きなウェイトと占めるGENKENストーリーこそ、実は毛色の違う異分子なのです。

それどころか、これほどに日常的フレームに収まった作品は、平井和正作品全体を見渡しても類を見ません。人の感情の襞をビビッドに描く大衆小説的作風で、SF界から異端視される作家ではありますが、そのくせ、純然たる非SF作品を書いたことは数えるほどしかありません。GENKENストーリーは設定さえなければ、ほとんど宗教教団の内幕を描いた非SFです。なにしろ4巻以降、人死にの一件も起きてはいないのです。人類の存亡を懸けたハルマゲドン・ストーリーであるにも関わらず。

先程1〜3巻は不要と云いましたが、それはワタシの真意としては正確ではありません。やはりコミック幻魔の小説版はほしい。というか読みたい。小説『新幻魔大戦』は劇画ノベル『新幻魔大戦』の原作小説そのものですが、小説『幻魔大戦』もコミック『幻魔大戦』の原作小説をそのまま上梓すればよかったのではないか。そのうえで、それとはまた別の作品としてGENKENストーリーがあれば、とてもスッキリするのにと思うのですけどね。ワタシは平井和正ほど大らかな性格ではないので、どうもそういうところは、のどに刺さった魚の小骨のように気になってならず、そんな埒もない夢想、妄想をふくらませずにはいられないのです。

タイトルも変える。「お前はまだゲンマを知らない」というのは冗談ですが、それこそはじめから「ハルマゲドン」でもいい。
極論を云えば、幻魔大戦でなくてもいい。そんな設定すら要らない。心清らかにして高い理想を抱く若者たちが、集い、頑張り、ぶつかり合い、別れ、そして堕落してゆく。そんな宗教根性青春ストーリーでいい。
さすがに、そこまでいってしまったら「ほかをあたってくれよ」ってことになりますね。自己の抱える文学的悩みをストレートに「文学」にはせず、SFという形式によって客体化して語ってきたのは、平井和正の作家性のまさに根本に関わる部分でしょうから。

とまれ、百弁は一読にしかず。かねてより予告していましたが、(小説)『幻魔大戦』と『真幻魔大戦』を発表順に読んでいきます。GENKENストーリーはことさら幻魔シリーズの一部として語られる必要性はなかったのか、それとも真幻魔とリンクし、相照らし合うからこその味わい、必然性が十二分にあるのか、確かめることもできるでしょう。
『幻魔大戦』『ハルマゲドン』全20巻+全3巻、『真幻魔大戦』全15巻、『ハルマゲドンの少女』全3巻、アダルトウルフ再読の旅よりも遥かに長い道のりになりそうですが、これからはじまる第二次幻魔大戦再読の旅に気長にお付き合いください。


Re: お前はまだゲンマを知らない〜第二次幻魔大戦再読の旅・序走 - Name: 名無しの平井ファン Mail - Home No.1535 - 2017/08/12(Sat) 02:16:47
無印は通して5回は読んでいるのですが、4巻以降誰も死んでいないというのは意外な指摘でした。確かに怪我人や病人はいても死人は出てませんね。平井和正にとって通常運行といえる「真幻魔」で飛鳥編以降どんどん死体の山が出来上がっていくのと対照的です。


Re: お前はまだゲンマを知らない〜第二次幻魔大戦再読の旅・序走 - Name: ニワカ平井和正読者の幻魔大戦ジプシー Mail - Home No.1536 - 2017/08/12(Sat) 12:14:41
私は確か1990年頃に角川映画をテレビでみてコミック版の1巻を読んで1992年にコミック版の2巻1993年に新幻魔大戦(徳間アニメージュコミック)2巻を読みました。
1993年の11月の祝日前に本屋に置いてあった緑の背表紙の幻魔大戦17,18巻を買うまでずっと、緑の背表紙の本はコミック版幻魔大戦の原作小説なのだと思い込んでいました。
秋田コミック2巻分の内容は、流石に20巻分の内容がすべて書かれていないだろうから、小説には月が落ち着てきた後の話が読めるのだろうと予想していました。
その期待を抱えて、17巻を読んだ時の違和感(杉村由紀が江頭に襲われるという真や砲台山にリンクするシーン),
18巻を読んだ時の更なる違和感(話が全然進まない・・・)。
もしタイムリープができるならば、昔の自分に幻魔大戦Rebirthを持っていてあげて、「おまえそれ読まんでええから、こっち読むほうがええで」と教えてあげたいです。
その後色々調べていくうちに改竄事件で干されて活躍の場を得るのに苦労した事とか、
某宗教団体のルーツに当たるらしいGLAの女教祖を信じてしまって自分の仕事そっちのけでゴーストライターまでやっていたことを知って、何かと合点がいくわけですが・・・

マーケティング的な観点で幻魔大戦の大きな欠点を挙げるとすると、後世の読者がシリーズをどの順番で読めばよいかが、タイトル見てわからないことなんですよね。。。

私1994年に隣の市の古本屋で徳間書店の漫画雑誌リュウVol2(e文庫の真幻魔大戦第2巻の後書き)とSFアドベンチャームック平井和正の幻魔宇宙を入手したり、
図書館でリム出版の平井和正全集などを読んだりして、
1971〜1974にどういう構想で新幻魔大戦(講談社の新幻魔大戦全2巻を購入すると幻魔大戦・抄がおまけで付いてくる)を書き、
1979年にそもそもどういうつもりで真幻魔大戦として幻魔大戦を再開したのか知る訳ですが、
その辺の話は今後、このサイトで触れられていくのだと思います。
あと幻魔大戦17,18巻を読んだ時の違和感の一つに、東丈の過去世が由井正雪という設定があります。
私は新幻魔大戦を読んで、「山本千之介が生まれ変わって東丈になるんだろうなぁ」と予想していたので、その辺ちょっと違和感ありましたが、
真で新幻魔大戦の主人公が本郷猛/ジョナサン・ジョースターのごとく先輩主人公として登場し東丈を導くのを読んで、
色々あって設定を変更したのかなと思いました。

私、前から思っているんですよ、幻魔大戦って、ちょっと評価というか知名度が低すぎると。仕方がないと言えば仕方がないのですが。
でも、石ノ森章太郎作品として振り返るとミュータントサブや怪人同盟などの石ノ森超能力者萬画の集大成になる作品です。
やはり石ノ森漫画としても幻魔大戦Rebirthはちゃんと完結させてほしいです。
来年の2018年1月6日 (土) 〜 2018年2月4日 (日)は東京・上野の森美術館で生ョ範義 展が開催されるわけですが、
我々の世代で生ョ範義の名前を知らなくても生ョ範義の作品を知らない人はいないと思うから、
結構人が来て生ョ範義の名前が再認識される良い機会になるのではないかと思います。
そのついでに幻魔大戦も再注目されて、アニメ化とかされるといいなーと思っている次第であります。
EDは切なさと希望を込めて歌える歌唱力の高いにDivaによる仮面ライダーBlackのエンディング主題歌 Long Long Ago, 20th Centuryで。


Re: お前はまだゲンマを知らない〜第二次幻魔大戦再読の旅・準備運動 - Name: カナメ Mail - Home No.1537 - 2017/08/17(Thu) 23:38:12
いまさらですが「序走」ってさむいなと思いましたので替えました。その前に元のタイトルでコメントがついちゃってるんでバレバレですけどね。
アニメ映画『幻魔大戦』を観たのは、小説全20巻をほぼ読み終えたあとでしたが、観る前から情報は耳に入ってきますので、いつになったらタオやアサンシは出てくるのかなと思いながら読んでいたと記憶しています。
それも生頼範義の表紙サギとも云える10巻を読み終えるまででしたけどね。その頃には、ああこれはこういう話なんだなと悟りというか、あきらめがついてしまいました。
ついでに云うと『黄金の少女』でも、似たような体験を味わいました。SFアドベンチャー誌での連載を読みながら「もうとっくに単行本一冊分は超えてるよな。いつまでこんな調子で続いていくのかな?」と毎月戸惑ってましたね。ええ、最後まであんな調子だったんですけどね。


Re: お前はまだゲンマを知らない〜第二次幻魔大戦再読の旅・準備運動 - Name: keep9 Mail - Home No.1539 - 2017/08/25(Fri) 08:23:10
ほんとにどうでもいい情報を書いておくと、昭和時代のフジテレビ日生ファミリースペシャルでアニメ「姿三四郎」をやったとき、脇役に「金之助くん」というオリジナルキャラが登場し、物語が全て終了した後に、「彼はこの後小説家になり、名作『三四郎』を書きました」なんてナレーションが流れました。実際に漱石の「三四郎」が「姿」ではなく「小川」であることを知ったのは中学3年生になってから……。


女神の時代リツイート - Name: カナメ Mail - Home No.1538 - 2017/08/18(Fri) 01:31:26
『高橋留美子の優しい世界』読了。天使時代の厳格プラトニズムに風穴を空けた“おもしろユートピア”という開眼。その後のボヘガラ、月光魔術團、アブダクション、そして第三次幻魔大戦に至る「ゆるふわひらりん」の萌芽がここにあった!
(初出 Twitter)


「ガマンできないマンガ」リツイート&あなただけにこっそり教える耳寄り情報 - Name: カナメ Mail - Home No.1533 - 2017/06/30(Fri) 01:44:12
モーニング今週発売号の『「ガマンできないマンガ」教えます!』は黒田硫黄氏による8マン! ある意味永久保存版。Kindle版も買っておこうかな。
https://twitter.com/tkaname/status/880360112463818752

以上はツイッターの再掲。
ここから先は、モーニングが店頭に並んでいる間は、ここでこっそりつぶやいておきます。
実はモーニング2017年31号のKindle版は、店頭販売されているものとは表紙が違います。
アマゾンに飛んでもらえればわかりますが、右の宇宙兄弟の表紙がKindle版、左のレベレーションの表紙が店頭販売の雑誌。
なぜ、こうなっているのか。それは山岸涼子の漫画がKindle版には収録されていないからなのですね。こういう電子版にはカットされている内容があるのって、スケベな袋とじグラビアがある男性雑誌だけじゃなかったんですね。タブレット端末を買ったら、電子版で購読しようかと思ってましたが、そうとばかりも云ってられませんね。気をつけなければ。

そして、このことで何が起きたかと云えば、山岸涼子のレベレーションの次に掲載されていた黒田硫黄の『「ガマンできないマンガ」教えます!』がKindle版の巻頭にポジショニングされ、アマゾンのなか見!検索やKindleの無料サンプルで、しっかり読めちゃうのですよ! さすが南無8マン大菩薩、持ってますねえ。

■モーニング 2017年31号 [2017年6月29日発売] [雑誌] Kindle版
https://www.amazon.co.jp/dp/B073B184CD/


作家の意地を魅せたヤング・アダルトウルフガイ〜『若き狼の肖像』 - Name: カナメ Mail - Home No.1531 - 2017/06/26(Mon) 23:04:35
ヤング・アダルト犬神明というと、なんか白いブラックサンダーとか、かおりムシューダみたいで、どっちやねん! という感じですが、実際若い頃のアダルト犬神明のお話なんだから、しょうがない。その名も『若き狼の肖像』。

この作品は切り口が多くて、どういう風に書こうか迷う。まずは周辺事項から書いていきましょうか。
たとえば“言霊使い”を初めてあとがきで自称したのはこの作品であることは、ファンなら押さえておきたいですね。
その言葉を最初に使った(創った)のは、中島梓です。「別冊新評 平井和正・豊田有恒集」に載った評論で「言霊つかい」と云ったのがきっかけとなりました。なお、この評論は電子書籍として刊行された中島梓の平井和正評論集『狼の肖像』※に収録されています。むろん、「若き――」のタイトルも、中島梓の評論からとっています。
https://www.amazon.co.jp/dp/B01M117L0W/

以後、平井和正は出版社の注文によってではなく、言霊という内的必然性の命じるままに小説を書くという創作姿勢を確固たるものにします。
しかし、その一方で、当時出逢った新宗教とそのカリスマ教祖の絶大な影響下にあって、『人狼白書』〜『人狼天使』を発表し、物語の質的変容ぶりで物議を醸した作者が、その宗教性とはまったく無縁の小説を書いたことに驚きを禁じ得ません。
まあ、犬神明が天使に出逢う前のエピソードであるし、当然そうでなければならない、当たり前っちゃ当たり前の話なんですが、でも、あの平井和正がですぜ? 思わずこう思ってしまうわけですよ。なんだ、やればできるじゃん――と。

この少し前に発表された※『死霊狩り』2〜3もそうです。原典漫画『デスハンター』を忠実にノベライズしていて、田村俊夫の前に天使が現れるといった物語の質的変容(漫画『幻魔大戦』→小説『幻魔大戦』のような)は見られません。
『死霊狩り』なんて、それこそ小説版からはバッサリ削除された漫画版「エピローグ」の部分を発展させて、天使時代の一大巨編にすることもできたはずでした。不定形生物と合体することで人類はより良く進化できるというフィジカル設定に、作者の宗教観はなじまなかったのだろうとは思いますが。

『死霊狩り 2』/「野性時代」1976年9月号掲載
『死霊狩り 3』/「野性時代」1978年2月号掲載

ここから結論できるのは、(云い方は悪いですが)平井和正は「まともな」小説が書けなくなってしまったわけではないということですよ。よくヘタクソな絵を「ピカソの絵」とか云ったりしますが、云うまでもなくピカソはヘタクソであんな絵を描いてるわけではありません。写実的な絵を描かせたら幼少時から神童と云われた画家が、常人離れした発想・感覚でキュビスムの世界に行き着いたのです。平井和正もまた、真っ直ぐのつもりで描いた線が曲がっているとか、全力で投げた球がスローボールとか、そういうことではなく、アダルト・ウルフガイの質的変容は、まさに意図的に舵を切っていたのです。ファン・信者としてのリスペクトとして、と同時にヒネクレ・イジワル読者のツッコミとして、云わせていただきましょう。ワルいひとだなぁ(笑)。

では中身ついて、触れていくことにしましょう。
本当に久しぶりに読み返しました。前回読んだのはいつだったか。ハルキ文庫版が刊行されたときか? でも、買うだけで読まなかったかもしれない(大いにあり得る話だ)。ファンクラブの機関誌で特集が組まれたときか? そんな特集が組まれたかどうかも覚えちゃいませんが。まあ、それぐらい超ご無沙汰でした。ストーリーのディティールなんて、すっかり忘却の彼方です。お陰でほぼ初読の新鮮さで、読むことができました。

つい忘れがちですが、犬神明ってライター稼業なんですよね。ルポライターの「ライター」の部分を見過ごしてしまうのは、物語にあまり描かれたことがないからでしょう。実際、彼の職業が物語の起点になったことは、ほとんどありません。『狼狩り』、『虎よ! 虎よ!』のいずれも芸能界マナベプロがらみの事件ぐらいでしょう。確かに「事務所の狼男」とか「人狼、締切りに死す」では締まらない。ウルフランド的に一編ぐらいあってもいいとは思いますが。
職業もののドラマで陥りがちなのは、ストーリーの軸である出来事以外のルーチンの業務がどこかへ消えてしまうことですが、学生トップ屋の犬神明は荒事師たち相手に大暴れするさなかにも、雑誌記事原稿の締め切りを忘れることはありません。荒事師たちをやっつけたあとも、勝利の美酒に酔うこともなく、締切間際の原稿書きに精を出します。特に水中銃のモリで利き腕に重傷を負いながらも、口述筆記(ウェイトレスのマキコ→事務員の田島昭枝)で乗り切るところなど、アクションと物書きの見事な融合というほかはなく、ウルフの文筆のお仕事にスポットを当てたシリーズ随一の作品として貴重です。

締切厳守の職業意識プロ根性は尊敬に値しますが、下半身はだらしないですねえ。一人称でカッコ良く語ってはいますが、なかなか最低なヤツですよ、コヤツは。

なにが飢えた狼と哀れな子羊だ。女は外見ではわからない。性的に飢えているこの痩せっぽちの娘が、おれを餌食にしたということにすぎなかった。

おれは自らを女の所有に帰すことをだれにも許すことができないのだ。おれは二羽の小鳥がくっつき合っているようなべたついた関係を絶対に持ちたくなかった。いざという時に世間並みの規範を乗り超える行為に自己投企することが不可能になってしまうからだった。

おれは決して鉄鎖につながれた従順な飼犬であることができないし、荒野にある一匹狼であることに対して孤高な誇りを抱いていた。

おれが心の底から慄然とするのは、餓鬼どもがけたたましく走りまわる家庭で、髪にピンカールをたくさんつけた女房と怒鳴りあうという光景だった。他愛もないことで苛立ったり、あるいはドメスティックな自己満足に充足する飼い殺しの恐怖だった。

そう思うんなら、女の子に手出しすんなよと。もちろん、そんなことは本人もよくわかってはいるんですが、どうも犬神明氏の精神構造は、月の満ち欠けに似て、躁と鬱の振幅が激しいようです。このあたり、少年犬神明の爪の垢でも煎じて飲んだほうがよろしいですね。ちょっとここへ来て座りなさい。お前はたかと出逢うまで、エッチ※禁止だ!
※一九六X年の君にそう云ってもわかるまいが、セッ●スのことだ。

上の引用は羊子というバーの女の子と一戦交えたときのものですが、別れ際に自宅や事務所の電話番号でなく、雑誌編集部のナンバーを教えられた彼女なんてまだいいほうで、ウェイトレスのマキコなんてことの寸前でおあずけをくわされた挙げ句、暴力団に拉致されて、ひどい目に遭わされてしまいますからね。かわいそうといったらない。
若いころのワタシは、こんな感想は持たなかったと思います。ひたすらウルフのカッコ良さにシビれていた。歳とともに感じ方も変わるものですね。

そして、もう少し作品を俯瞰して批評家的に語るなら、宗教に思いっきりカブれている時期に、これが書けたということに注目してしまいます。これが当時の作者自身の本心であるはずもなく、必ずしも思想や自我をストレートに投影した主人公や物語しか書けないわけではないことを証しています。

「マサヒロ! マサヒロ! 死ぬな、マサヒロ!」
 盤台面が悲嘆に暮れて叫んだ。
「兄ちゃんが悪かった! マサヒロ、死なないでくれよ! お前がぐれちまったのは兄ちゃんのせいだ! 頼む、死なないでくれよ!」


この冒頭に登場する暴力サディスト変態兄弟も、だったらもっとマトモに生きろって感じなんですが、人殺しを屁とも思わない残忍な殺し屋にも、兄弟の愛情はあるのだなという、妙な可愛気を感じて、印象に残っています。この兄弟の登場は冒頭のワンシーンのみで、以後登場はしない端役なのですが、こんな端役にも血を通わせる、こういうところ平井和正というひとは本当に名手ですね。妙な可愛気といえば、石崎郷子を崇め奉る妖怪じじいも、なかなかいい味を出していたのですが、それはまた後程。

石崎郷子さまが物語に登場するのは、そろそろ終盤に差し掛かろうかというところで、ずいぶんじらされました。出てきたときは郷子さまキタァァァーッ、って感じでしたね。同じ大学にいても「口だってめったにきいたことがない」というウルフの彼女に対する印象はすこぶる悪く、この物語では二人の関係にさほどの進展はありません。しかし、郷子もまた自分と同じ人間社会のアウトサイダーだとウルフが知るのは、もはや時間の問題でしょう。この物語の一件が、よそよそしかった二人の距離を一気に縮めたのです。

「お前に申し渡す。石崎郷子に近づいてはならぬ。あれはお前ごときが触れることはおろか、目をあげることすら許されぬ神聖なる者だ。あの女に接近した者はことごとく落命する破目になる。あの者は祟り神の御稜威そのものだ」

「あの者は大いなる祟り神の子孫であり、憑代だ。あの者を穢す下賤なる者があれば、皇国には災いが降りかかってくる。多くの困難が襲いかかってくるのだ」

石崎郷子を崇め奉る妖怪じじい。三星商事の会長室に自由に出入りしているが、三星の会長=郷子の祖父ではない。物語のそもそもの起こりは、この老人の妄執であった。ウルフの行動とは無関係に手打ちになった石崎郷子拉致事件※も、同業者・和田が持ち込んだFX戦闘機疑獄※も、読者を惑わすフェイクでしかなかった。
ウルフは「気の触れた右翼老人」といってドン引きしているが、ワタシは認める。あんたが云っていることは正しい。老人が見誤っていたのは、ウルフもまた石崎郷子に等しく、彼女の友にふさわしい古代神の末裔であったということだ。
ほうっておけば犬神明が自ら郷子に近づくことはなかったし、あたら老い先短い寿命を縮めることもなかったものを。やはり、ウルフと郷子を結びつけることが、彼の使命だったのでしょう。もうちょっと穏当にキューピット役を務められればよかったのにね。
※石崎郷子拉致事件
 ウルフの奮闘むなしく、石崎郷子はご帰宅されていた。妖怪じじいが手を回して解決したのだろう。河内老執事も、初めからこちらに頼めばよかったのに。
※FX戦闘機疑獄
 和田の口にした「右翼の領袖と結ぶ“黒幕”の老人」とは、この妖怪じじいと思われる。

もし「ヤング・アダルトウルフガイ」がシリーズ化されていたら、ウルフと郷子が親友になるまでのプロセスが描かれていたのかもしれません。この物語でそこまで描かなかったのは、それを温存していたのではなかったのかなと。
ウルフが強敵と認めたマック※や菊川※が、死闘を演じつつも勝負なしで生き延びたのも、続編への布石であったように思えます。アダルト本編にも、これほどの常人の強敵はいませんでした。アダルトにおける西城になれるキャラだったと思います。願わくば、読んでみたかったですね。
※マック
 妖怪じじいに雇われた殺し屋コンビの片割れ。相棒のタイニーは巨大漢の変質者で冒頭の荒事師兄弟と相似形だが、こちらはコンビ間の友情は皆無。犬神明をして「満月でもない時期に喧嘩するには手強すぎる相手」と云わしめたプロフェッショナル・キラー。
※菊川
 妖怪じじいの護衛。手裏剣などの古武具を用いる剣客。犬神明いわく「こんなおっかないファイターにはほとんどお目にかかったことがない」。妖怪じじいへの忠誠心は本物。

そういえば、綿貫一平には何もコメントしてませんね。う〜ん、特に書いておきたいことはありません。


Re: 作家の意地を魅せたヤング・アダルトウルフガイ〜『若き狼の肖像』 - Name: カナメ Mail - Home No.1532 - 2017/06/26(Mon) 23:31:52
これで、アダルトウルフガイ再読マラソンを終えました。ずいぶん長くかかってしまいましたが、こんなものはまだまだ序の口です。平井和正ワールドの大冒険は、まだ始まったばかりだ(笑)。次なる冒険は「幻魔大戦を発表順に読む」だ。


「泉谷さん以外の犬神メイなど考えられない」〜Kindle版『月光魔術團』刊行開始記念 - Name: カナメ Mail - Home No.1530 - 2017/06/22(Thu) 23:24:49
泉谷あゆみは平井和正作品の挿絵師としては、長らくリリーフエースでした。
「幻魔」「ウルフガイ」は生頼範義のリリーフで、「地球樹の女神」は山田章博のリリーフ。決して悪くはないし、頑張ってはいたんですが、いかんせん前任のイメージが強烈すぎました。
先発での登板は、実に『月光魔術團』まで待たねばなりませんでした。『月光魔術團』もウルフガイの続編と云えなくもありませんが、まあこれはアダルト、少年に並ぶ第三の少女ウルフガイというべきでしょう。

初めから自分のイメージで描けることに加え、それまで積み上げ鍛え抜かれた画力も相まって、まさに本領発揮、才能が爆発した作品でした。しかも、電子出版の先駆けとして、オールカラー!(本人は大変だったでしょうが)
小説としての『月光魔術團』の評価は読者によって分かれるでしょうが、挿絵のパートナーとしてベストマッチであることは誰もが認めるところではないでしょうか。生頼範義がいいという人はあまりいないでしょう。

あらためてPCのモニターでイラストを眺めてみましたが、惚れぼれしますね。
ただ、変則サイズのイラストも一頁(画面)で大きく余白を空けて表示され、文章が同じページにレイアウトされない点は、以前のPDFやドットブックに一歩ゆずるところではありますね。じゃあ、ドットブックがベストなのかというと、特にスマホでの表示については、そうとも云えず、そこのところの詳細は、いずれあらためて触れてみたいと思います。


高層ビルアクションの傑作〜人狼天使 第三部 - Name: カナメ Mail - Home No.1528 - 2017/06/10(Sat) 19:46:23
■まえせつ
『人狼天使』が宗教・オカルトという一片のフレーバーだけで語られるのは、女社長の一代記である「おしん」が小林綾子の少女パートばかりフィーチャーされるのに似ている。そこで今回は、この作品がいかに娯楽小説としてもめっちゃ面白いかを力説してみたいと思います。

■偏見の理由
そもそもなぜ、そんなイメージがつきまとっているのか? その理由として大きいのは、やはり『人狼白書』と『ウルフガイ・イン・ソドム』の印象が強烈過ぎたのではないかと思っています。
異色作揃い、というかそうでない作品のほうが珍しい平井和正作品のなかでも、この二作は頭抜けています。暗黒の意識界(いわゆる地獄)をストレートに描いたのは、ワタシの記憶が正しければ、あの幻魔シリーズでもやっていない。前にも云いましたが、自分の新境地をどのように作品化するか、まだまだ暗中模索だったのではなかったかと憶測しています。だから、この二作は本当に特別、特殊なのです。この二作に比べれば『人狼天使』って、けっこう普通にウルフガイしてますよ。

■高層ビルアクションの傑作
『人狼天使』がなかなかどうしてアクション盛り沢山であることは記憶していましたが、あらためて読み返してみて、それはむしろ過小評価であったと認識を新たにしました。寡聞にしてそんな評価を聞いたことがありませんが、この作品は高層ビルアクションの傑作と云っていいでしょう。タワーリング・インフェルノ、ダイ・ハード(第一作)ばりの。
第二部の終盤から第三部の序盤にかけて、“デヴィルズ・タワー”での騒乱にかなりの尺が割されています。そこで犬神明に降りかかる災難ときたら、火災に巻き込まれるは、ネズミの大群に襲われるは、警官隊には銃を乱射されるは。そんな四面楚歌の状況のなか、瀕死のマイク・ブローニングを抱え、満月期の不死身性にものを云わせて強行突破もままならない。
極めつけはマイクを乗せて降下するエレベーターを追って、29階からエレベーター抗をダイブするシーンでしょう。ワイヤーを掴んでも、グリースでずるずる滑って止まらない。そうしている間にもエレベータは高速で降っていくから、やっぱり手離して自由落下。ぐんぐん加速がついて、ワイヤーを掴むも、グリースでずるずる滑って止まらない……。スピード感、恐怖感、そして油まみれ感。臨場感がハンパない。マクレーン刑事も裸足で逃げ出しそうです。まあ、狼男がアクションで不運な男を上回ったとしても、あまり自慢にはなりませんが。
エレベータにたどり着いたら(デヴィッド・ファーマーの魂消っぷりが可笑しい)、今度は管制でコントロールされ、ボタンがきかない。終点のメイン・ロビーには集団発狂の警官隊が待ち構えている。グロッキーのファーマーと意識不明のマイクとともに天井のハッチからエレベータを脱出する、エレベーターが停止し、扉が開くまでの時間との競走。ノンストップのハラハラドキドキの連続。手に汗握る、この緊張感が堪らない、エンターテインメントのザ・王道!
天使に悪魔、宗教、オカルト、そんなイメージ、先入観で食わず嫌いをしているとしたら、人生を損してますよ。

■“天使”ウルフの是非
もちろん、そうかと思うと、これは同じ小説なのかという辛気臭い(失礼)悪霊祓いのシーンも盛り込まれています。こうした側面も、スルーしてしまうわけにはいきません。それも光を使って調伏、退散させるのでなく、対話によって成仏させるのです。力自慢だけが能じゃない、心霊的導師としてのスキルを着実にものにしています。あるいはこれも体術の先天的センス同様、過去世の積み上げなのかもしれません。
ひとは変わる。同じように犬神明だって変わるし、成長もする。それはわかる。霊性が開けば「誰でも」同じことができる。作者がそう強く訴えたいのもわかる。でもそう考えても、犬神明のこうした振る舞いに、どうにもムズムズする違和感を拭い去ることができない。これは物語における、キャラクターの「役柄」に関わる問題ではないかと考えています。
ごくわかりやすい例をあげると、やっぱり8マンが心霊治療をしたら変でしょ? 印を結んで妖術を使ったりとか。キャラにはそれぞれ固有の「役柄」というものがある。犬神明のこうした振る舞いは、平たく云えば「似合わない」と思うのです。似合う似合わないでやってるんじゃないんだ! とウルフは怒るでしょうけど。

■互角!?の敵の登場
アダルト犬神明には、意外とサシでいい勝負をするライバル的な存在がいませんでした。血を分けた北野光夫に大滝雷太がせいぜいでしょう。中共保安省の“R”こと林石隆(平井ワールドではおなじみの名バイプレイヤー)と本気のバトルにでもなれば、面白かったのですけどね。
マイクの命を狙う爆弾魔オルテガは、なんと満月期の犬神明が手を焼く、文字通り「殺しても死なない」化け物でした。キャラとしてはフラットな悪玉で、ライバルというには魅力と面白味に欠けています。大滝雷太がそうされたような、不死術を施されたコマンダーだったのでしょう。不死身の超人同士の格闘も、この作品の見所のひとつです。

■そして、矢島絵理子
そして物語は、宿敵オルテガとの決着を経て、矢島絵理子へと還っていきます。
犬神明が矢島絵理子に発した言葉は、まったくの正論でしたが、彼女の烈しい憎しみを買い、強力な敵に回す結果を招いてしまいます。云った言葉は正しいのだから、こちらは何も悪くない――。それでは済まされない問題がある。犬神明と絵理子にまつわる因縁は示唆的です。
矢島絵理子は今風に云う典型的なメンヘラであって、どんな風に接すれば良かったなんて正解はありません。あるとすれば、始めから関わり合いにならないこと、それが唯一の正解。彼女はそういう種類の人間です。それでもウルフは彼女を傷つけてしまったことを痛く悔やみ、贖罪の意識に駆られ続けます。

「あんたが本当のことをいっているのがわかるわ。あんたって馬鹿ね。自分はなにも悪いことなんかしていないのに……罪を償おうとするなんて。あたし、それはわかっていたけどあんたを一生憎み抜いて、どんなことをしてでも苦しめ抜いてやろうと固く決心していたのよ。そのために悪魔と取引さえしたほどなのに……」

魔道に堕ちることによって、犬神明の真心がわかるという皮肉。それはかつて誤解からウルフを呪い、苦しめた大滝志乃の末路そのままでした。
彼女の魂が救われるには、永い永い時を必要とするでしょう。それでもどんなに遥か遠くであっても、希望の灯火はともされました。ウルフの優しさに触れることで。取り返しのつかないことなんて、本当にはありはしないのですから。

■おわりに 作者へ、そしてウルフへ
電子書籍化されたのを機に久しぶりに読み返しましたが、つくづく未完も未完、壮大な物語のほんのとば口に過ぎないなと、あらためて思いましたね。UTT社長・グリーンマンは最後まで登場せず、マイク・ブローニングは終始ほとんど人事不省、米国のどこかにいるのはずの寺島雛子さんも姿を見せず、「アトランティス計画」とはなんじゃらほい。
犬神明とその仲間たちの転生輪廻を追いつつ、真の人類史を紐解く。そんな構想もあとがきから伺え、幻魔大戦とはまた違う、かつそれに匹敵するアダルトウルフ版ハルマゲドン・ストーリーの大宇宙がビッグバンする目は、確かにあったのです。
そのために、たとえ一人称形式を捨て、犬神明のいないシーンもしくは巻(!)が長く続くことになろうと、それを読んでみたかった。幻魔があるからそれでいい、ということにはならないのです。置きっぱで天に帰っちゃうなんて、そりゃないよ、ひらりん先生。
それとも、光の息吹きをフゥーッと吹いて悪霊退治、弟子たちを教え導くセンセイ・イヌカミ、そんなおつとめは、幻魔大戦の皆さんにまかせた、あとはよろしくってことなのか?
いい加減、そろそろ退屈してるんじゃないのかい? どこかに見込みのある作家がいたら、そいつの夢枕にまた立っておくれよ。


Re: 高層ビルアクションの傑作〜人狼天使 第三部 - Name: 弘田幸治 Mail - Home No.1529 - 2017/06/11(Sun) 17:28:03
 たいへん面白く読ませていただきました。

 >『人狼天使』が宗教・オカルトという一片のフレーバーだけで語られるのは、女社長の一代記である「おしん」が小林綾子の少女パートばかりフィーチャーされるのに似ている。

 というのは、なるほど、言い得て妙ですね。「フレーバー」というクールな見かたはできなかったので新鮮というか、カナメさんの読解のユニークさに驚かれされました。「おしん」のたとえは秀逸ですね。

 ただ「偏見」と言い切ってしまっていいのかどうかは疑問ですね。やはり大河小説としての側面がある以上、『人狼白書』や『ウルフガイ・イン・ソドム』の印象とその後の作品とを切り離して読むことを要求するのは、ハードルが高すぎる気がしますね。幻魔大戦に抵抗がない、かつ再読という点も働いているのではないでしょうか。俺の場合アダルトウルフガイを「大藪春彦文脈」で読んでいただけに衝撃がありました。伊達邦彦が心霊主義に目覚めたら嫌だもの(笑)。とはいえ『人狼天使』から平井なりに活劇ものに路線を戻そうとしていた、そういう努力の痕跡があるのかもしれない、ということを、カナメさんの指摘で気づかせてもらいました。

 「高層ビルアクション」というのは覚えていないんですよね。確かに手に汗握って読んだはずで、活劇も楽しんだはずなんですが、具体的なアクションは覚えていない。ただこれは他作品でも同じことがいえるので、具体的なものを記憶できない俺の記憶力の方に問題にあるんでしょう。カナメさんが紹介してくれたアクション・シーンの数々、たしかに活劇の王道ですね。

 アダルト犬神明の天使化は唐突すぎましたね。暗中模索と仰っていましたが、まさにその通りだと思います。幻魔大戦ほど洗練化されてないんですよね。ナマのGLAが出てしまっている。この頃はまだGLAと袂を分かってなかったのでしょうか。グルとしての犬神明は「似合わない」というのは本当にそうです。

 爆弾魔オルテガ! やっぱり覚えてないなー(笑)。北野光夫や大滝雷太は覚えているんですから、このあたりは俺が『人狼天使』にノレていなかった、あるいは「フラットな悪玉」という点で印象に残らなかった、ということなんでしょうね。「不死身の超人同士の格闘」というのもまったく思い出せない。情念のドラマがなかったんじゃないかなー。

 矢島絵理子のくだりは非常に印象に残っていて、彼女は好きなキャラクターのひとりですね。善と独善は似ていて、犬神明にもそのきらいはあった、と俺は読みました。正しさだけで人は救われない。正義のヒーローだったがゆえに、彼女の内面を指摘することは、弾劾に似てしまうんですね。このあたりに犬神明の限界があったのでしょう。東丈なら愛情乞食なんて絶対いいませんよね。

 ウルフ→幻魔と読んできた身としては、東丈の登場には本当に感動しましたね。「ああ、平井さん、うまいことやったなー」と感激しました。俺は「幻魔大戦があればいい」派ですね(笑)。ウルフから幻魔へというのは仕切り直しだったと考えています。まあ「アトランティス計画」とか面白そうですけどね。

 平井さんはもう転生してこないかな、というのが俺の霊感(笑)なんですけどね。ただアダルトウルフガイへの未練があるとしたら、あるいはもう一度……という可能性もあるかもしれませんね。


読者の「本職」 - Name: カナメ Mail - Home No.1524 - 2017/06/03(Sat) 11:41:23
弘田さんのNo.1523へのコメントです。話題が替わるので切り離します。

> そこで俺が感じる疑問は、なぜ幻魔→GLA(そのほか宗教団体)にいかなかったのかということですね。
> なぜ平井教の方にいったのか疑問なんです。そこに嗅覚なり直感なりが働いていたのでしょうか。


こりゃまた意外な質問が飛び出しましたね。リアル宗教ですか? ないっすわあ。それはない。
戦争映画が好きだからって、じゃあ兵隊になりたいかというと、それはまた別問題ですよね。それぐらい隔たっていると思います。根本のところでは「たかが小説」だし「ただの道楽」なんですよ。ワタシの場合はですが。

> 平井が(広い意味での)教祖に見えていたのでしょうか。その場合、幻魔以外の作品は物足りなくはなかったのでしょうか。

ワタシは幻魔大戦を小説として面白いと思っていますし、その面白さはウルフガイも初期SFも、それこそデビュー前の非SF習作集『虎はねむらない』の頃から通底しているように思います。ワタシの幻魔大戦好きは少なくとも「宗教」という要素によるものではなかったのでしょう。
幻魔から入った、その順序にはさほど意味は感じません。たまたまそれが当時の最新作であったというだけで。アダルトウルフガイを読むうえでは、テレビ放映終了後にエヴァンゲリオンを観るような、未来から来た観客のアドバンテージがあっただけだと思います。

ただ、職業軍人になるような人は戦争映画をよく観ていたでしょうし、それと同じように宗教に飛び込むような人は幻魔大戦を読んでいる、という傾向はあったと思います。

ワタシの知人の読者にも、実際に宗教に入信した方はいらっしゃいます。G、幸福、統一、……さすがに真理教に行った知り合いはいませんが。そういう人はそちらが本職だったのだろうと思います。ワタシはヒライストが本職ですのでね。宗教活動なんてやってるヒマがあったら、平井和正の小説を読んでいたい。
なに、幻魔が攻めてきた? あとにしてくれ。いま平井和正の小説を読むのに忙しいんだ。

おれは時々、自分がジャーナリストだってことを忘れるんだ。狼男の方が本職だからだな。
『人狼天使 第3部』


本職という言葉は、ここから思いつきました。ところでこのセリフ、いろいろと応用が利きそうですね。ワタシは自分がサラリーマンであることを忘れることは、あまりありませんが。
人狼天使 第2部、第3部を読みながら、思い浮かんだことをメモしています。近いうちに発表できるでしょう。『人狼天使』がいかに娯楽性にも優れているかを訴えることになろうかと思います。お楽しみに。


Re: 読者の「本職」 - Name: 弘田幸治 Mail - Home No.1525 - 2017/06/04(Sun) 16:55:54
 ご丁寧な返信、ありがとうございます。お気を悪くされたのならごめんなさい。

 基本的にカナメさんの仰ることはわかります。その意味では完全に同意します。

 そのうえで、俺の文脈を書いておきますね。俺からみた景色というのかな。

 俺の知るかぎり、ウルフや幻魔の時代は「信じるちから」で作品に迫力を持たせていたと思うんですよ。
 狼の時代は狼の高貴さを本当に信じていたんだと思うんですよね。
 幻魔の時代は幻魔の実在を信じていたんだと思うんですよ。かりにそうだとしたら、フィクションというか小説の範疇からはみ出していたかなと思うんですね。ウルフ→幻魔と読んできた身としては、そのはみ出した部分にある種の宗教性を感じざるを得なかった。そういう意味で幻魔に熱中する人々に対しては「うーん、宗教を求めているのかな」と悪意なく感じていたんです。(実際その後宗教ブームがおきますし)

 ですから「いきなり幻魔」だった読者が、平井ファンであることを選んだ、そこに葛藤があったのかなかったのか、というところに興味があったのです。幻魔の実在を信じることによってえられた“迫力”のない、「その意味では」“ヌルい”他作品をどう思ったのか興味がありました。たとえばウルフ→幻魔の俺ですら高橋親子の本は読みましたし、熱烈な平井ファンだったときですらマンガ原作者としての平井はまったく買ってませんでしたし。個人のみる景色に違いがある。「いきなり幻魔」の方のみる景色のひとつを知りたかったですね。景色のひとつをみさせていただき本当にありがとうございます。カナメさんの「本職」はヒライストなんじゃないかと思いました(笑)。

 俺がリアル宗教に偏見がないこと、広い意味で宗教性をもたない価値感はないと思っていることなどが、今回行き違いになってしまった原因かもしれませんね。

 >なに、幻魔が攻めてきた? あとにしてくれ。いま平井和正の小説を読むのに忙しいんだ。

 このあたり、カナメさんらしくて、クスリとしました。
 『人狼天使』論、楽しみにしております。


Re: 読者の「本職」 - Name: カナメ Mail - Home No.1527 - 2017/06/10(Sat) 18:23:15
『人狼天使』の感想を書くのに手いっぱいで、弘田さんへのお返事が遅くなりました。思い浮かんだフレーズって、すぐ文章化しておかないと消えてしまうような、そんな焦燥感に駆られてしまうんですよ。実際、消えてしまいますからね。なんか、いいフレーズが浮かんだはずなんだけどなあ……でも、それしか残ってないという(笑)。

弘田さんの問いには、たいへん愉しくお答えさせていただきました。天使時代の平井作品がフィクションの枠を超えているという点も同感です。思想・求道の側面は確実にある。それをエンターテインメントとして不純と思うか、それもエンターテインメントとしてのエッセンスと見るかといえば、ワタシは後者なんですね。

また、それは天使時代から突然始まったものでもないとワタシは思っています。平井和正が抱えているテーマとか問題意識みたいなものは、それこそ「人類ダメ小説」の頃からあった。平井和正はその点で昔から「私小説的」で「文学的」な作家でした。宗教への傾倒はその答えを探す旅路のひとつではなかったかと。実在の宗教(家)と結びつくことで、よりストレートにメッセージ性が強まったことは確かですが、あまりそれ以前・それ以後で分けて考えたり、それ以前の作品に物足りなさを感じたりするようなことはなかったですね。ワタシの性質はウルフガイフリークに近いと自分では思っています。弘田さんへの芯をとらえた答えになっているでしょうか?

平井和正は女性教祖の弟子におさまることはなく、自ら教団を興し教祖となることもなく、作家に戻ってきました。作家としての業がまさったのです。同じようにワタシも読者としての業がまさったのです(笑)。そういうことにしておいてください。

「作者が宗教にハマって変な方向に行ってしまった」。後期アダルトウルフガイが、そういう文脈でばかり語られがちなのは残念です。やや強すぎるメッセージ性、説教臭さ、それがあるのは事実です。でも、そこばっかり取り沙汰されるのは、ちょっと偏ってやしませんかと。
(「白書」「ソドム」はさておき)『人狼天使』ってけっこうストレートに面白いよ、ということを第三部の感想では書いたつもりです。忘れてはいけない、平井和正はカリスマ・宗教の影響下にあって、それを微塵も感じさせない『死霊狩り』2,3、『若き狼の肖像』を書いた作家であることを。
第三部の感想もまもなくアップします。もしよかったらご意見など聞かせてもらえたらうれしいです。

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