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背後の曹操の顔 / 我道
こんにちは。
クロニクル10巻見て思ったのですが、曹仁が満寵に城兵の士気を上げて来いと命じた後に、だがとつぶやいたときに、曹仁の背後に曹操の顔が映っていたのですが、これってなにか意味があるんでしょうか?

No.13103 - 2006/04/22(Sat) 09:23:35
(No Subject) / 鉛丹
はじめまして。いつも楽しく拝見させてもらってます。
前々から思っていた疑問なんですが、
曹操は演義では小男・ぶ男と書かれ、身長は163cmとされていたと思います。蒼天では明らかに長身な上にかなりのイケメンです。
孔明の184cmは記載に基づいてるような気が個人的にしてるのですが、25巻での身長差を見てみると、おそらく181cmぐらい
で設定されてると考えてます。
なぜ180近い上に顔も美形なんでしょうか?わかる方いらっしゃいますか?

No.13077 - 2006/04/13(Thu) 05:48:28

Re: (No Subject) / Ana
漫画の主人公だからでしょ。作者の美意識というものもあるし、でなければ、読者を挽きつけられないでしょ。
No.13078 - 2006/04/13(Thu) 10:47:08

Re: (No Subject) / G [関東]
その代りといってはなんですが、子供時代はえらく小さかったですよね。
年下?であるはずの曹仁よりも小さかったです。

No.13079 - 2006/04/13(Thu) 14:09:53

Re: (No Subject) / 鳳卵 [東北]
>曹操は演義では小男・ぶ男と書かれ、身長は163cmとされていたと思います
 演義では、曹操の身長は7尺とされています。1尺の長さが時代によって多少違うので正確なところはわかりませんが、魏の時代の1尺は24センチくらいとのことなので、約168センチ…大きくはないですが、小男というほどでもないですね。ちなみに、後漢の時代の1尺が23センチとのことなので、163cmという説はこっちをとったのでしょう。
 孔明が8尺、玄徳が7尺5寸、張飛が8尺で関羽が9尺と記されています。これらに比べると、確かに小さいですね。ただ、曹操がブ男という記述が演義にあったかな? ちょっと記憶がないですね。

 ただ、これらはあくまで演義の記述なので、正史には曹操の容姿についての記述はありません。
 まぁ、ずば抜けて雄偉な体格であれば記述があるハズだから、曹操は小男だったのだ、という理屈もあるのですが、ハッキリしたところはわかりません。ちなみに、玄徳の7尺5寸と孔明の8尺は正史にも記述があります。また、袁紹は姿が“威容”と書かれていて、立派な体格だったようです。

 こうして見ると、特に記述のない曹操は、少なくとも飛びぬけて立派な体格ではなかったことは確かなようですね。

 ただ、曹操がかなりの剣の使い手だったことは正史にも何箇所が記述があります。この点からみて、それほど小柄でもなかったでしょうし、筋肉質な身体だったことが予想されます。

 ところで、正史の注にある『献帝春秋』という書物に、曹操が呂布と対決したときに、呂布の騎兵に捕らえられた曹操が、その騎兵は自分が捕らえたのが曹操とは気づかずに、「曹操はどこにいる」と訊ねて、曹操が「黄色の馬に乗って逃げて行くのがそうです」と答えて難を逃れたエピソードが記されています。
 曹操の体格が貧弱だったという説は、このエピソードが元になっているのではないかと思います。でも、これは正史の記述ではなく、あくまで注にある話です。

 そんなわけで、曹操が小男だったという根拠はかなり薄いのではないかと思います。
 ましてや『蒼天航路』は曹操を主人公に据えた物語ですから、その存在の大きさがだんだん身長を引き上げていったのではないでしょうか?

 黄蓋の前とかでは、ヤケに大きかったですからねぇ(笑)

No.13083 - 2006/04/13(Thu) 22:08:15

Re: (No Subject) / 鉛丹
皆さん、返信ありがとうございます。
確かに、主人公だから。っていうのは当然の答えですね。
曹操がぶ男という発言に対して確証はありませんが、背も小さく
外見もよくなかった曹操は謁見の場などにおいて他の威容の美しい
人間に変わりをさせていた。というようなことが頭の隅にあったからです。小説の作り話かもしれませんし、あくまで記憶なので確証はありません。すくなくとも、演義ではそうなってると思います。
ただ、フロリダ大学の研究で長身の人間ほど生涯賃金が多く、
また、ハーバード大学の研究により外見が美しいほうが給料が
高いそうです。
ともに、キーワードは自信ということに結びついてるようですが、
おそらく自信に満ち溢れた能吏を想像して曹操のイメージを作ったんではないかと想像しています。

No.13085 - 2006/04/14(Fri) 08:15:31

Re: (No Subject) / つね [関東]
記憶ベースですが、異民族からの使者が来たとき、曹操は自らの風采を気にして、部下に自分の代わりをさせ、自分は隣で家来のように立っていたそうです。後で、使者の感想を聞いたところ「曹操様はなかなか立派な人ですが、隣にいる人のほうがまことの英傑に感じられた」と言われ、その使者をCENSOREDしまったそうです。
曹操が風采にコンプレックスを持っていたのはありうるかもしれませんね。でも古今東西、背の低い有名人と言えば、ヒトラー、スターリン、ナポレオン、チャップリン、モーツァルトといくらでも挙げられるので気にする必要なさそうですが。

No.13088 - 2006/04/15(Sat) 02:18:09

Re: (No Subject) / YOUSUKE
これは横山三国志を分析する本に書いてあったことそのまま書きますが
正史において群雄達の身長は意外に正確に記述されたものが多かったんだそうです。
ですがなぜか曹操だけは身長に関しての資料がなく知っての通り
魏にとってまずいことは正史にかけないので曹操が自分の身長を
気にしていたから気遣って書かなかったって推測がなされてるみたいです。


結構信憑性高いみたいですけど・・ 信じたくねぇ(笑)

No.13101 - 2006/04/20(Thu) 16:03:28
人気考 更新!! / TATSU@管理人 [関東]
こんばんは。管理人です。

さて、超ひさしぶりの企画モノの更新です。
長らく放置状態だった「人気考」を更新(投票再開)しました。今までは連載中の投票でしたが、今回は連載終了後、初のランキング決定となります。

今回は「魏将」に絞って投票開始させて頂きます。以前、このBBSで盛りあがっていたのでパクらせて頂きました。皆様、好きな魏将に投票下さいませ。(一部、魏将じゃないんじゃないの?というキャラもいますが大目に見て下さい。)

更に特別企画として「名場面編」に続き、「名台詞編」も新たにスタートしております。皆さんの好きな「蒼天キャラの台詞」を投稿&投票して下さい。

では皆様、当サイトにお越しの際は、最後に「人気考」に寄って、ポチッと投票してからお帰り下さいませ〜!

No.13097 - 2006/04/17(Mon) 00:19:04
プレーヤーとして。 / シロヒゲ [中国]
はじめて書き込ませていただきます。よろしくお願いします。
ながく三国志好きしている者です。いまだに木曜になると立ち読みしようとしてしまいますね。

さて、蒼天航路はこれまで語られてきた、さまざまな三国志の中でも、まさに破格の、三国志を超えた、オルタナティブ三国志だったと思います。連載後ますますその感が自分の中で強くなっています。
その一方で、蒼天航路って実に三国志的な、これまでのどの三国志よりも三国志好きをうならせる三国志だったような気もするんですね。
僕がこの作品で三国志的だと感じた部分で、ひとつにゲーム的という要素があるんですよ。
以下、類似点や関連する部分を挙げつつ考察させてください。

まず、蒼天航路の魅力としてリアルな戦闘描写(見てきたかのような)がありますよね。蒼天航路の戦闘シーンは実にゲーム的。
例えば一騎打ち。呂布を相手に無謀にも曹操が挑んで、許褚、典韋が守るとか。張飛相手に楽進が出て、大ケガして撤退、夏候惇にスイッチ。この交代って、某大手三国志ゲームのあるバージョンでは戦術として確立されてましたね。ポイントは武力のやや低い武将で(特に君主)、豪傑を引っ張り出すことですよね。で、部隊を壊滅に追い込む。
あと、魚鱗とか、錐行とか、陣形を従軍してる軍師が次々変更して、一つの部隊がさまざまな役割をこなす。兵力が同じでも、軍師がいるいないで軍団としてのまとまりが違う。潼関での西涼軍の引き裂かれっぷりは、まさに〜。
もひとつ、樊城とか合肥が手薄すぎるという話がありますよね。これもゲームしてて実感できることですが、帝国が大きくなってくるととても各戦線に大兵力は置いておけない。むしろ中央に機動性のある部隊や、いざという時の青州兵がいれば前線は寡兵で事足りる。3ターンとか、5ターンとかで次々援軍が来るわけで。防衛側は首都よりの援軍が来るまで粘ればいいし、攻め手側に自信があれば防衛側の援軍を待ってことごとく殲滅するという戦略も成り立つ。ゲーム中、籠城軍を壊滅寸前で放置して、援軍をたたくというのも伝統的な戦術ですね。

などなど、ゴンタさん絶対プレーしながら描いてるよ!とか思いながら読んでたりしてました(無粋スね)。ゲームのバージョンと連載時期が結構いいタイミングだった気がするんです。

他にも重要な要素を挙げると、曹操の晩年に至る後半生の冷め方です。中盤までの激情はどこへやら。荀?ケとの別離のあたりから表情が寂しげですよね。勝ち出すと面白くないって、シミュレーションゲームみたいじゃないか!(無理矢理)。いや、でもホント勢力が盤石になると面白くない。法正とか関羽とか呂蒙とか、他国は楽しそうって気分になりますよ。

蒼天曹操って、民衆を食べさす為政者としてまるでゲームのように、人間関係をドライに、軍団をコマのように、手にした権限のすべてを使い切って覇者となったと思うんです。でも、やっぱり曹操のなかで、ジレンマとか、心の傷とか、ずっとあったと思うし。

作品の構造自体が、ゲーム的かなと。
少なくとも、「三国志を表現するメディアとしてマンガもゲームも含む」国らしい三国志かなと思うわけです。

ながながと書いててオチてないかも。スミマセン。

No.13094 - 2006/04/16(Sun) 03:42:04
蒼天グルメ航路 / 鳳卵 [東北]

『蒼天航路』の中には、ビックリするような食事シーンが色々出てきますよね。
今回は、それらの食事シーンを集めてみました。なお、星の数は僕の独断と偏見による“食べてみたい度”ですので、皆さんのご意見もお聞かせください。

メニュー1:熊の生け作り(その二十二) 評価★★★☆☆
 インパクトだけなら星5つでも良かったんですが、食べてた蹇碩さんが、吐いちゃってますからね〜〜
 しかし、彼一人でパクついてて後の人たちは冷や汗浮かべながら見てるだけなんだけど、一人前だったんでしょうか? 食べきれるとは思えないんですが…


メニュー2:人の煮込み(その七十一) 評価☆☆☆☆☆
 皿の上に煮込んだ人の手や目玉が乗ってるのは、気持ち悪かったですね〜〜
 またそれを、董卓が無表情にゴリゴリ食ってるし…釜茹でという刑罰は確かにあったわけですが、なにもホントに食わなくても(汗)


メニュー3:豚の頭(その百八十八) 評価★★☆☆☆
 張飛が路上を歩きながらガツガツ食ってたやつですね。生なのか火を通してあるのかが気になるところですが、投げ捨てたのを子供が嬉しそうに受け止めてたので、割と普通の料理なんでしょうか。
 ただ、張飛があんまり旨そうに食ってないので、食べたい度は低いです。


メニュー4:醍醐(その百九十八) 評価★★★☆☆
 まぁ、要するにチーズですよね。羊の乳を発酵させたと言ってましたが、羊乳チーズは牛乳チーズより香りが強いそうです。卞夫人にはちょっとキツかったみたいですね。実際、匂いの強いチーズは好き嫌いがハッキリ別れる食べ物です。僕は今イチ、匂いの強いのは苦手ですね。
 曹操はパクパク食べてましたが、実際に毎日食べてたのでしょうか。健康には良さそうですね。


メニュー5:鱸魚の膾(その二百五十二扉絵) 評価☆☆☆☆☆
 これは食いたくありませんね〜〜人肉料理とは別の意味で、食いたくない料理です。とにかく、川魚を生で食べちゃいけません。
 尤も、僕も牡蠣には当ることがわかっていながらついつい食べちゃう方なので、曹操のことは笑えないんですが。
 ところで、このとき曹操は「袁紹にもらった鯨よりずっとうまいぞ」と言ってますが、鯨はどうやって食べたのでしょうね。やっぱり、刺身かな?


メニュー6:どじょう・ザリガニ・亀(その二百六十五) 評価★☆☆☆☆
 なんかこうして並べてみると、曹操ってゲテモノ食いばっかしてるな(笑)
まぁ、正直あんまり生で食いたい食材ではないんですが、曹操の食べ方がかなり美味しそうなので…しかし、亀も実際に食べたかどうかは気になるところですね。


メニュー7:汁かけ飯(その二百七十一) 評価★★★★★
 すいません、コレ、やたら旨そうなんですけど(笑)
 まぁ、汁かけ飯というのは元々旨いもんなんですが、この時の曹操の“がふっがふっ じゅるる むしゃ んぐ ボリ むしゃ”って擬音が、もうすごい美味しそうです!(笑)
 ドラえもんとかで良く、こういう擬音が使われることがありますが、アレに通じる美味しそうさがあります。
http://hendora.com/dora_sp/umadora/umadora.htm
↑こんなカンジ。


メニュー8:卵(その三百十一、他) 評価★★★★☆
 あの、イースターの卵みたいな模様は、いったい何の卵なんでしょうね。
 韓遂が成公英にカラを割ってもらって食ってるのは模様はついてなかったけど、馬玩が丸呑みしてたやつは、なんか色々な模様がついてましたが…
 いずれにしろ、あの“当り”はあんまり食いたくないような気もしますが…


メニュー9:九醞春酒と炙り猪(その三百十九、三百二十) 評価★★★★★
 もしかしたら醞の字は出ないかも…すみません。
 それはそれとして、35巻の最後に乗ってる曹操のレシピを見てると、口の中によだれがあふれてきますね〜〜
おそらく、普通に蒼天人たちが飲んでる酒はドブロクみたいなもので、この九醞春酒が現在の清酒みたいなものに当るのかも。


メニュー10:馬(その七十九、百五、百六十六、二百二十五、三百九十八、他)
 評価★☆☆☆☆
 馬って、意外に食べられてますよね。青州黄巾党の長老たちや玄徳、関羽は焼いて食ってましたが、張飛と阿トウは生ですからね〜〜ちょっと真似したくない気がします。
 その他にも樊城の兵士たちも食ってるハズで、まぁ、非常用の食糧という位置づけです。
 曹操も嘆いてましたが、当時の軍馬はかなりの貴重品だったハズで、これを食うというのはよくせきのことだったのでしょう。


 曹操はよく、「億の民を食わせる気概」という言葉を使いますが、“食べる”ということは当時の人々にとって最も重要なファクターだったはず。こういう部分をはずさずに描いているところも、蒼天航路という作品の魅力なのかもしれませんね。

No.13032 - 2006/04/02(Sun) 15:46:29

Re: 蒼天グルメ航路 / 如泥人 [近畿]
 どうもはじめまして。鳳卵さんの文章にはハッとさせられるものが多く毎回感心しております。
 僕は刺身が好きなので鱸魚の刺身は危険を冒してでも食べてみたいですね。あと蒼天では食事のとき箸を使っていたりスプーンみたいなのを使っていたりしますが、実際のところどうだったんでしょうかね?また周瑜や関羽がお茶を飲むシーンがありますが、当時はお茶ってメジャーなものだったんですかね?ちょっと気になりました。

No.13035 - 2006/04/03(Mon) 03:11:48

Re: 蒼天グルメ航路 / 関西人 [近畿]
あとはその118{まほろばの軍師}で
農民たちが食っている栗ご飯みたいのもうまそうです。
袁術軍の兵士たちもめちゃうまそうにしてましたし。

No.13039 - 2006/04/03(Mon) 23:25:28

Re: 蒼天グルメ航路 / ちゃ〜
こちらの方に書き込むのはほぼはじめましてです。
いつもおもしろいことを書いてくださる鳳卵さん。今回も面白そうですねぇ。
僕としては蒼天中ならやはり炙り豚が気になります。
あと、酒好きの僕が以前何かの本でみたことがあるんですが、あの曹操が発明した酒造法は現在に伝わるものの基礎となってるようです。
それに加えてそれ以前の酒というものはただ穀物を醗酵させただけでビールの10分の1程度のアルコールしかなかったそうです。
なので 張飛などが酔って暴れるには相当な量を飲んだんだろうとも書いてありました。

No.13040 - 2006/04/04(Tue) 23:36:56

Re: 蒼天グルメ航路 / RYU [関東]
1.豚のパリパリ焼き(ヨモギ入り)
2.汁かけ飯
3.鱸魚の膾

番外:賈クを唸らせた五味子スープ

という順番ですね。

今の中国で刺身を食べる習慣はあまりないようですが、当時の中国の沿岸地域で食されていたそうです。

長江の鱠に当たっちゃった曹操も、許都で司空就任の宴を開いた際に山海の珍味を集めましたが(輸送の便から)「松江名物の鱸(すずき)の刺身がなくて残念だ」と言ったそうです。


唐代の李白も「秋 荊門を下る」という詩の中で、

霜落ちて荊門 江樹空し
布帆 つつがなく 秋風にかく
この行 鱸魚の鱠の為ならず
自ら名山を愛して せんちゅうに入る
(一部ひらがなにて引用)

と浙江名物の鱸の刺身を取り上げています。
李白は酒飲みで諸国を旅行しながら詩作をしていましたが、たび通の李白のお墨付きなんで大丈夫なんじゃないでしょうか(笑)

No.13041 - 2006/04/05(Wed) 00:45:42

Re: 蒼天グルメ航路 / 鳳卵 [東北]
★如泥人 さんへ
 ども、はじめまして。レスありがとうございます!
>鱸魚の刺身は危険を冒してでも食べてみたいですね
 うわ、勇者がいる!(汗)
 あの曹操たちの吐きっぷりを見るとさすがに二の足を踏む感じですが、1切れくらいだったらいいのかなぁ…

>箸を使っていたりスプーンみたいなのを使っていたりしますが
 こういう、日常的な風景ってかえって資料が少ないんですよねぇ…確かなことはわかりませんが、とりあえず箸は使ってたみたいです。

>お茶ってメジャーなものだったんですかね?
 三国志でお茶というと思い出すのが、吉川三国志の冒頭シーンですね。玄徳が母へのお土産に高価な茶葉を求める話なんですが。
 実際のところは、やはり良くわからないんですが、お茶の起源は中国の雲南地方と言われているようです。戦国時代の書物にもお茶についての記述があるようなので、三国時代にももちろんあったのでしょう。
 ただし、飲料としてではなく最初は薬として飲まれていたようです。嗜好品になったのは三国時代よりもっと後ではないかと言われていますね。メジャーなものとは、言い切れないような気がします。


★関西人 さんへ
>農民たちが食っている栗ご飯みたいのもうまそうです。
 ああっ、すっかり忘れてました! 言われてみればあれは確かに美味しそうです!
 考えてみれば、この“美味しそうさ”で袁術軍十万を丸裸にしたわけですから、すごいことですよね。さすが、荀?ケが厳選した“笑顔のいい太目の農民”たちの食べっぷりであります(笑)

 曹操の言う「億の民を食わせる気概」を最も体現している食事シーンだってのに取り落としてしまうとは…ご指摘ありがとうございました!
 

No.13042 - 2006/04/05(Wed) 07:02:40

Re: 蒼天グルメ航路 / 鳳卵 [東北]
★ちゃ〜 さんへ
 ども、レスありがとうございます!
 やっぱり、あの炙り豚は気になりますよねぇ。口の中で雪のように溶けるんだ! とか言われると、ますますよだれがでてきますね。

 お酒に関しては、蒸留技術もそれほど高くなかったでしょうから、アルコール度数は低かったでしょうね。
 でも、ビールの10分の1というと…0.5%くらい? ちょっと低すぎるような気がしますね。これを飲んで酔って暴れるとすれば、確かにかなりな量を飲まなければ無理ですね。

 ところで、魏でも蜀でも、禁酒令が何度か出されたことがあるようです。これは、食糧確保のため、穀物を食用に回すようにという趣旨だったそうです。当時の食糧事情は推して知るべしですね。


★RYU さんへ
 毎度どうも〜〜

 しかし、鱸魚の膾、結構人気ですねぇ。皆さん度胸あるわ(笑)

>「松江名物の鱸(すずき)の刺身がなくて残念だ」と言ったそうです。
 ああ! あの左慈が妖術で取り寄せたやつですね(違)
 ふむ、こうして見ると曹操は結構刺身好きということでしょうか。

 しかし、李白がこの鱸魚の膾のことを詠っているとは知りませんでした。割とメジャーな料理だったんですね。

>五味子スープ
 いや、アレはブラシーポですから(笑)

No.13043 - 2006/04/05(Wed) 07:21:24

Re: 蒼天グルメ航路 / 如泥人 [近畿]
鳳卵さん、お答えありがとうございます。
お茶の歴史って戦国時代にまで遡れるんですか!普段何気なく飲んでいるお茶ですが、二千数百年の歴史があると思うとなにか感慨深いものがありますね。

No.13053 - 2006/04/07(Fri) 19:57:06

Re: 蒼天グルメ航路 / 松ブ@上海
久々に横レスさせて戴きます。
>炙り豚、というのは現在当地のレストランでも出てきます。
 簡単にいうと北京ダックの豚版、みたいなもんで、皮はパリパリ、
 サクサク、中はジューシー、というやつ、これをチャパティみたいな
 餃子の皮みたいなもんで包んでいただきます。イメージはこれだと
 思います。これはね、ホント、美味いです。
>お酒ですが、北方の人民は白酒という35度〜55度くらいの蒸留酒を
 飲むことが多く、南方は紹興酒に代表される醗酵酒を飲むことが
 多いように思います。そういったことからいくと、中原もきつい
 蒸留酒が先にあり、新酒として、清酒っぽい醗酵酒が出てきたの
 では、と思います。『甘い』という表現からもそちらではないかと。
 因みに幽州は東北、まちがいなく白酒のきっつ〜いやつを飲んでた
 と思います。ただ、益徳が荊州で飲んだくれていたのはどっちか
 判然としません。
 時代考証的にホントにそうかどうかは判りません。ご容赦。

No.13058 - 2006/04/08(Sat) 13:08:27

Re: 蒼天グルメ航路 / 松ブ@上海
あ、それから、箸とスプーンですが、こちらでは汁ものを食べる時は
スプーンが原則のようです。麺(汁そば)は箸ですが、スープ(具が
多い)はスプーン。日本的にしるかけご飯を箸でかっこんでいると
白い目で見られます。大体食器を左手で持たんです。
また、刺身ですが、最近は日本人が多いので日本的なお刺身、という
のが受け入れられてますが、まあ川魚のなますというのは絶対×だと
思います。大体、魚以前に水でやられます。貝はもっとやばいですが。
で、亀。すっぽんはポピュラーですが、以前陸亀の身の入ったスープ
というのを戴きました。いまいちでした。亀料理専門店というのも
あって、店の前に甲羅(もち陸亀)が何個かディスプレイされています
が・・・そそりませんねぇ。入ったことないです。

No.13059 - 2006/04/08(Sat) 13:19:17

Re: 蒼天グルメ航路 / 鳳卵 [東北]
松ブ さん、貴重な情報ありがとうございます!

炙り豚、美味しそうですね〜〜これはぜひ食べてみたいです!
お酒に関してですが、蒸留酒は発酵酒を蒸留してできるものですから、歴史的に蒸留酒の方が先に出てくるとは考えにくいのではないでしょうか。
ただ、九醞春酒は発酵酒であろうという推測は当っていると思います。アルコール度の高い蒸留酒を“甘い”と表現するのはよほどの酒豪でしょうからね。

>大体食器を左手で持たんです。
 ああ〜〜中国では食器を置いたまま食べるんですね。洋食もだいたいそうですね。むしろ、食器を持つ方が礼儀にかなう日本食の方が珍しいのかも…

>大体、魚以前に水でやられます。
 地元で育った人は平気なんですかねぇ。不思議なものです。
 まぁ、君子危うきに近づかずといいますから、食べないのが吉ですね。

 スッポンはおいしいと思うんですが、陸亀はだめですか。やはり、譙の長老は食べちゃダメってことですかね(おいおい(笑))

No.13082 - 2006/04/13(Thu) 21:48:16

Re: 蒼天グルメ航路 / 梢統 [関東]
私は、その三百九十九で呉軍が食べているご飯(?)が印象に強いです。栗ご飯というより汁掛けご飯に近い感じでしょうか。悪たれのがっつき方にそそられました。
No.13084 - 2006/04/13(Thu) 23:09:53

Re: 蒼天グルメ航路 / 松ブ@上海
>やはり、譙の長老は食べちゃダメってことですかね(おいおい(笑))

わははは、そこまでは考え至りませんでした。
一寸ずれますが、典韋が食後ちゃんと桶に座って用を足していたのが
リアルでよかったなぁと思い出しました。

No.13092 - 2006/04/15(Sat) 23:56:42
(No Subject) / 我道
蒼天は様々な人物が登場しますが、一番成長した武将って誰だと思いますか
No.12991 - 2006/02/23(Thu) 17:15:02

Re: (No Subject) / 楽進が好き
曹仁?いや呂蒙か?
No.12993 - 2006/02/23(Thu) 22:50:36

Re: (No Subject) / 紅いキバ
こんばんは。
個人的には張飛だと思っています。
まぁ、変わってない部分もありますけど(笑)

No.12994 - 2006/02/23(Thu) 23:18:31

Re: (No Subject) / cdc [九州]
成長というよりも、よく出世したなというところで、
劉備ですかね。
彼は一介の侠から州牧(刺史?)、左将軍、
そして漢中王、後には皇帝にまで至ったわけですが、
その過程では、数々の成長をがあったと思います。
特に長坂から劉備宣言までに起こった成長は、
劇的で、関さんの言葉にあるように
天下の大徳から天下の政人への変化は、
蒼天の武将の中でも著しい成長だったといえるのではにでしょうか。
私はこの成長が、劉備の天下取りへの真の起点であったと
思います。

次点で成長した人物は関平だと思います。
張飛に抱えられて、うん百人の関羽とうん百人の張飛を想像した
あの少年が、物語の最後であれだけ立派に成長した姿を
見せてくれたことは、趙累でなくとも嬉しく思うところだと思います。
乱世に生まれ、そこで育った青年として、
他の武将とはまた違った成長をみせていたと思います。

No.12995 - 2006/02/24(Fri) 17:34:18

Re: (No Subject) / 雄吏 [近畿]
こんばんは、
私は諸葛亮孔明か、呂蒙だと思います。
呂蒙がはやく死んでしまったのが、惜しいぐらいです。

No.12996 - 2006/02/25(Sat) 01:40:07

Re: (No Subject) / RYU [関東]
僕も三国志キャラの成長株はやはり呂蒙だと思いますが、生来の悪たれ気質な少年阿蒙が、孫呉に仕え武将となり孫権に従い軍師呂蒙と変化して行く様はまさに駆け足だったと思います。

それで、蒼天周瑜も今思えば「孫堅時代はどうなんだろう」という気がしまして、インテリ小僧(棘があるニュアンスですがご勘弁ください)な頼りない雰囲気と言いますか、赤壁と比べると雲泥の差すら感じ、呂蒙と遜色のない成長が描かれていたと思います。
呂蒙が武→文に道を進めて文武を身に付けたとするなら、周瑜は文から入ったタイプだと思いますが、いずれにしても孫権・孫皎といい孫呉は成長話のエピソードが多くて個人的に好きだったりします。


管理人様、コメント数が多くなりすいません。

No.12997 - 2006/02/25(Sat) 02:21:40

Re: (No Subject) / 忠介 [北海道]
成長とは、違うかもしれませんが。自分的には夏候淵です。
一人の武将から、王たる将になったので。思考の成長と思います

No.12998 - 2006/02/26(Sun) 02:27:08

Re: (No Subject) / プッチン
個人的には袁紹ですね。常に曹操がいなきゃならないような少し間抜けな人物であったのに、いつのまにか「語る術なし、なす術なし」と曹操に言わせるまでの最大のライバルになっていました。加えて武力にたよらず自ら内から天子に近付こうとするなど、まことにあっぱれな人物です。
No.13076 - 2006/04/12(Wed) 17:50:09
塩梅 / 青乃かすみ [関東]
 先日、さるコンサートにいったのです。この中に何人蒼天ファンがいるかなどと。
NHKの某K国ドラマも美味そうな料理を食う人間がいる、曹操ファンとしては、そのう、太陽沈む前というべきか。
 中華思想考察あるいは易学研究とかいってはみても・・・ねえ。

 久しぶりの投稿ですが、身の振り方を考慮中です。つまらんか・・・とほほ。

No.13054 - 2006/04/07(Fri) 23:02:30

Re: 塩梅 / 漬物 [外国]
ほんとですか!
すごいですね。
感動しました。

No.13061 - 2006/04/09(Sun) 13:49:28
クロニクル10巻について / cue [北陸]
初めまして。いつも楽しく拝見しています〜!

どこぞで蒼天航路クロニクルの10巻が、4月17日発売という噂をキャッチしたのですが…(ガセだったらごめんなさい!!)
いまいち本当かどうかよく分からないのですが、どなたか知っている方いらっしゃるかな…と思い書き込ませて頂きました。

私は9巻を買い逃してしまったのですが(一生の不覚です)10巻は何話目から始まるのでしょうか?教えて下さるとありがたいです。

No.13055 - 2006/04/07(Fri) 23:26:07

Re: クロニクル10巻について / 紅いキバ [東海]
こんばんは。
今週のモーニングに告知がでてましたよ。
1,400ページぐらいで1,500円だったかな?
私は第1巻しか買ってないですが、欣太先生のコメント期待でラストも買ってみようかなって思っています。

No.13056 - 2006/04/07(Fri) 23:33:13

Re: クロニクル10巻について / cue [北陸]
紅いキバさま
>今週のモーニングに告知が
貴重な情報ありがとうございました!!早速コンビニで確かめて参りました。1360ページあるみたいですね。単行本約6册分くらいの厚さですか…凶器になりそうな分厚さですね。合肥のあたりからでしょうか?
17日が待ち遠しいです〜

No.13060 - 2006/04/08(Sat) 15:01:48
(No Subject) / 子孝
こんにちは。
蒼天を読みなおして思ったのですが、曹仁は本当に成長武将なのかという疑問が湧きました。確かに武将としての自覚を見ると成長したんだと思うのですが、武将の能力としてはそれほど変わっていないような気がするのは私だけでしょうか

No.12999 - 2006/02/28(Tue) 10:39:24

Re: (No Subject) / 文謙
若い頃の曹仁は、落ち着きがないというか
冷静な状況分析が出来ないような人物でしたが
馬超戦の頃には軍をまとめる将として成長したと思われます。
蒼天のもとが演義ではなく正史であるということからも
曹仁は実際にそのような人物であったらしいそうですね。

No.13000 - 2006/03/01(Wed) 22:33:49
類似法と対比法 / 黒助 [関東]
かなり前に初書き込みでスレ立てして以来、二回目のスレ立てです。
別スレで関羽と袁紹の共通点が話題となっています。三国志の数多い人物をそれぞれ魅力的で個性的に描き分けていると評される蒼天航路ですが、その背後にはこういった類似法や対比法を用いた見事な演出があるように思います。
対比法でいえば、言わずもがなの「曹操と劉備」や「曹丕と曹植」が挙げられますし、類似法ではこれまでに「生真面目で重責を一人で抱え込む傾向から関羽と周瑜が似ている」や「法正の命を懸けて知性を振り絞る様が郭嘉を髣髴とさせた」などの意見があったと思います。

また「曹操と魏諷」のように見方によって類似法とも対比法とも取られる関係も非常に面白いと思います。
そこで皆さんに質問ですが、蒼天のキャラの関係として「私はこの人物とこの人物に共通するものを見た」や「この二人の対照的な描写は見事だと思う」といったものがあれば教えていただけないでしょうか?

私は荀?ケと関羽です。「儒」と「侠」‐前者は表から、後者は裏から漢を支えてきた思想です。表と裏の違いはあれど、この両者はともに形骸化してしまった現状におけるその「美しき精神の体現者」であったように思います。
変革者曹操が唯一眩しそうに見上げた二人なのではないでしょうか。

漠然として答えにくい話題で申し訳ありませんが、ご意見ありましたら是非お願いします。

No.12984 - 2006/02/20(Mon) 03:19:59

Re: 類似法と対比法 / RYU [関東]
黒助さんこんばんは。

「儒と侠」へのご指摘が面白いと思いますが、この二つは表裏一体ではあれ、人の行動規範・価値観の原点・拠り所となるもので、メンタリティを上方修正する作用を持つ精神であると思います。「儒」は孔子をはじめとする学者達によって教義化され、歴代朝廷が教育システムに組み込んだ事によって伝えられたのに対して、「侠」は個人・集団に共有される精神の伝統により息づいたという違いがあり、後者は抽象的で教育・社会制度に結び付けるための学問的活動が本格的かつ集合的に為されなかったために、仮に前者を表とするならば裏もしくはマイノリティに成らざるを得なかったのではないかと思います。

しかし、太平道・五斗米道や蒼天で言う所の風靡と違い、「儒と侠」の精神それ自体には宗教性・イデオロギーは無くそれぞれの有用性も高いので「表裏」という対立項にするよりは同族に近く、宗教の教典より遥かに学習価値があると思いますし、説得力・安全性も高く(存在価値・学習意義>>>宗教)であると思います。

>対比法

純粋に「演出」の面において対比法をそこまで多用していたかどうか分かりませんが、36巻あとがきでゴンタ先生自身が書かれているように「これから洗練をかける」という感じじゃないかなあ。
「絵・構図」を対比的に使うというスキルは蒼天で遺憾なく発揮していると思いますが。

No.12992 - 2006/02/23(Thu) 20:33:44
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