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記事No.1528に関するスレッドです


高層ビルアクションの傑作〜人狼天使 第三部 - Name: カナメ No.1528 - 2017/06/10(Sat) 19:46:23
■まえせつ
『人狼天使』が宗教・オカルトという一片のフレーバーだけで語られるのは、女社長の一代記である「おしん」が小林綾子の少女パートばかりフィーチャーされるのに似ている。そこで今回は、この作品がいかに娯楽小説としてもめっちゃ面白いかを力説してみたいと思います。

■偏見の理由
そもそもなぜ、そんなイメージがつきまとっているのか? その理由として大きいのは、やはり『人狼白書』と『ウルフガイ・イン・ソドム』の印象が強烈過ぎたのではないかと思っています。
異色作揃い、というかそうでない作品のほうが珍しい平井和正作品のなかでも、この二作は頭抜けています。暗黒の意識界(いわゆる地獄)をストレートに描いたのは、ワタシの記憶が正しければ、あの幻魔シリーズでもやっていない。前にも云いましたが、自分の新境地をどのように作品化するか、まだまだ暗中模索だったのではなかったかと憶測しています。だから、この二作は本当に特別、特殊なのです。この二作に比べれば『人狼天使』って、けっこう普通にウルフガイしてますよ。

■高層ビルアクションの傑作
『人狼天使』がなかなかどうしてアクション盛り沢山であることは記憶していましたが、あらためて読み返してみて、それはむしろ過小評価であったと認識を新たにしました。寡聞にしてそんな評価を聞いたことがありませんが、この作品は高層ビルアクションの傑作と云っていいでしょう。タワーリング・インフェルノ、ダイ・ハード(第一作)ばりの。
第二部の終盤から第三部の序盤にかけて、“デヴィルズ・タワー”での騒乱にかなりの尺が割されています。そこで犬神明に降りかかる災難ときたら、火災に巻き込まれるは、ネズミの大群に襲われるは、警官隊には銃を乱射されるは。そんな四面楚歌の状況のなか、瀕死のマイク・ブローニングを抱え、満月期の不死身性にものを云わせて強行突破もままならない。
極めつけはマイクを乗せて降下するエレベーターを追って、29階からエレベーター抗をダイブするシーンでしょう。ワイヤーを掴んでも、グリースでずるずる滑って止まらない。そうしている間にもエレベータは高速で降っていくから、やっぱり手離して自由落下。ぐんぐん加速がついて、ワイヤーを掴むも、グリースでずるずる滑って止まらない……。スピード感、恐怖感、そして油まみれ感。臨場感がハンパない。マクレーン刑事も裸足で逃げ出しそうです。まあ、狼男がアクションで不運な男を上回ったとしても、あまり自慢にはなりませんが。
エレベータにたどり着いたら(デヴィッド・ファーマーの魂消っぷりが可笑しい)、今度は管制でコントロールされ、ボタンがきかない。終点のメイン・ロビーには集団発狂の警官隊が待ち構えている。グロッキーのファーマーと意識不明のマイクとともに天井のハッチからエレベータを脱出する、エレベーターが停止し、扉が開くまでの時間との競走。ノンストップのハラハラドキドキの連続。手に汗握る、この緊張感が堪らない、エンターテインメントのザ・王道!
天使に悪魔、宗教、オカルト、そんなイメージ、先入観で食わず嫌いをしているとしたら、人生を損してますよ。

■“天使”ウルフの是非
もちろん、そうかと思うと、これは同じ小説なのかという辛気臭い(失礼)悪霊祓いのシーンも盛り込まれています。こうした側面も、スルーしてしまうわけにはいきません。それも光を使って調伏、退散させるのでなく、対話によって成仏させるのです。力自慢だけが能じゃない、心霊的導師としてのスキルを着実にものにしています。あるいはこれも体術の先天的センス同様、過去世の積み上げなのかもしれません。
ひとは変わる。同じように犬神明だって変わるし、成長もする。それはわかる。霊性が開けば「誰でも」同じことができる。作者がそう強く訴えたいのもわかる。でもそう考えても、犬神明のこうした振る舞いに、どうにもムズムズする違和感を拭い去ることができない。これは物語における、キャラクターの「役柄」に関わる問題ではないかと考えています。
ごくわかりやすい例をあげると、やっぱり8マンが心霊治療をしたら変でしょ? 印を結んで妖術を使ったりとか。キャラにはそれぞれ固有の「役柄」というものがある。犬神明のこうした振る舞いは、平たく云えば「似合わない」と思うのです。似合う似合わないでやってるんじゃないんだ! とウルフは怒るでしょうけど。

■互角!?の敵の登場
アダルト犬神明には、意外とサシでいい勝負をするライバル的な存在がいませんでした。血を分けた北野光夫に大滝雷太がせいぜいでしょう。中共保安省の“R”こと林石隆(平井ワールドではおなじみの名バイプレイヤー)と本気のバトルにでもなれば、面白かったのですけどね。
マイクの命を狙う爆弾魔オルテガは、なんと満月期の犬神明が手を焼く、文字通り「CENSOREDも死なない」化け物でした。キャラとしてはフラットな悪玉で、ライバルというには魅力と面白味に欠けています。大滝雷太がそうされたような、不死術を施されたコマンダーだったのでしょう。不死身の超人同士の格闘も、この作品の見所のひとつです。

■そして、矢島絵理子
そして物語は、宿敵オルテガとの決着を経て、矢島絵理子へと還っていきます。
犬神明が矢島絵理子に発した言葉は、まったくの正論でしたが、彼女の烈しい憎しみを買い、強力な敵に回す結果を招いてしまいます。云った言葉は正しいのだから、こちらは何も悪くない――。それでは済まされない問題がある。犬神明と絵理子にまつわる因縁は示唆的です。
矢島絵理子は今風に云う典型的なメンヘラであって、どんな風に接すれば良かったなんて正解はありません。あるとすれば、始めから関わり合いにならないこと、それが唯一の正解。彼女はそういう種類の人間です。それでもウルフは彼女を傷つけてしまったことを痛く悔やみ、贖罪の意識に駆られ続けます。

「あんたが本当のことをいっているのがわかるわ。あんたって馬鹿ね。自分はなにも悪いことなんかしていないのに……罪を償おうとするなんて。あたし、それはわかっていたけどあんたを一生憎み抜いて、どんなことをしてでも苦しめ抜いてやろうと固く決心していたのよ。そのために悪魔と取引さえしたほどなのに……」

魔道に堕ちることによって、犬神明の真心がわかるという皮肉。それはかつて誤解からウルフを呪い、苦しめた大滝志乃の末路そのままでした。
彼女の魂が救われるには、永い永い時を必要とするでしょう。それでもどんなに遥か遠くであっても、希望の灯火はともされました。ウルフの優しさに触れることで。取り返しのつかないことなんて、本当にはありはしないのですから。

■おわりに 作者へ、そしてウルフへ
電子書籍化されたのを機に久しぶりに読み返しましたが、つくづく未完も未完、壮大な物語のほんのとば口に過ぎないなと、あらためて思いましたね。UTT社長・グリーンマンは最後まで登場せず、マイク・ブローニングは終始ほとんど人事不省、米国のどこかにいるのはずの寺島雛子さんも姿を見せず、「アトランティス計画」とはなんじゃらほい。
犬神明とその仲間たちの転生輪廻を追いつつ、真の人類史を紐解く。そんな構想もあとがきから伺え、幻魔大戦とはまた違う、かつそれに匹敵するアダルトウルフ版ハルマゲドン・ストーリーの大宇宙がビッグバンする目は、確かにあったのです。
そのために、たとえ一人称形式を捨て、犬神明のいないシーンもしくは巻(!)が長く続くことになろうと、それを読んでみたかった。幻魔があるからそれでいい、ということにはならないのです。置きっぱで天に帰っちゃうなんて、そりゃないよ、ひらりん先生。
それとも、光の息吹きをフゥーッと吹いて悪霊退治、弟子たちを教え導くセンセイ・イヌカミ、そんなおつとめは、幻魔大戦の皆さんにまかせた、あとはよろしくってことなのか?
いい加減、そろそろ退屈してるんじゃないのかい? どこかに見込みのある作家がいたら、そいつの夢枕にまた立っておくれよ。


Re: 高層ビルアクションの傑作〜人狼天使 第三部 - Name: 弘田幸治 No.1529 - 2017/06/11(Sun) 17:28:03
 たいへん面白く読ませていただきました。

 >『人狼天使』が宗教・オカルトという一片のフレーバーだけで語られるのは、女社長の一代記である「おしん」が小林綾子の少女パートばかりフィーチャーされるのに似ている。

 というのは、なるほど、言い得て妙ですね。「フレーバー」というクールな見かたはできなかったので新鮮というか、カナメさんの読解のユニークさに驚かれされました。「おしん」のたとえは秀逸ですね。

 ただ「偏見」と言い切ってしまっていいのかどうかは疑問ですね。やはり大河小説としての側面がある以上、『人狼白書』や『ウルフガイ・イン・ソドム』の印象とその後の作品とを切り離して読むことを要求するのは、ハードルが高すぎる気がしますね。幻魔大戦に抵抗がない、かつ再読という点も働いているのではないでしょうか。俺の場合アダルトウルフガイを「大藪春彦文脈」で読んでいただけに衝撃がありました。伊達邦彦が心霊主義に目覚めたら嫌だもの(笑)。とはいえ『人狼天使』から平井なりに活劇ものに路線を戻そうとしていた、そういう努力の痕跡があるのかもしれない、ということを、カナメさんの指摘で気づかせてもらいました。

 「高層ビルアクション」というのは覚えていないんですよね。確かに手に汗握って読んだはずで、活劇も楽しんだはずなんですが、具体的なアクションは覚えていない。ただこれは他作品でも同じことがいえるので、具体的なものを記憶できない俺の記憶力の方に問題にあるんでしょう。カナメさんが紹介してくれたアクション・シーンの数々、たしかに活劇の王道ですね。

 アダルト犬神明の天使化は唐突すぎましたね。暗中模索と仰っていましたが、まさにその通りだと思います。幻魔大戦ほど洗練化されてないんですよね。ナマのGLAが出てしまっている。この頃はまだGLAと袂を分かってなかったのでしょうか。グルとしての犬神明は「似合わない」というのは本当にそうです。

 爆弾魔オルテガ! やっぱり覚えてないなー(笑)。北野光夫や大滝雷太は覚えているんですから、このあたりは俺が『人狼天使』にノレていなかった、あるいは「フラットな悪玉」という点で印象に残らなかった、ということなんでしょうね。「不死身の超人同士の格闘」というのもまったく思い出せない。情念のドラマがなかったんじゃないかなー。

 矢島絵理子のくだりは非常に印象に残っていて、彼女は好きなキャラクターのひとりですね。善と独善は似ていて、犬神明にもそのきらいはあった、と俺は読みました。正しさだけで人は救われない。正義のヒーローだったがゆえに、彼女の内面を指摘することは、弾劾に似てしまうんですね。このあたりに犬神明の限界があったのでしょう。東丈なら愛情乞食なんて絶対いいませんよね。

 ウルフ→幻魔と読んできた身としては、東丈の登場には本当に感動しましたね。「ああ、平井さん、うまいことやったなー」と感激しました。俺は「幻魔大戦があればいい」派ですね(笑)。ウルフから幻魔へというのは仕切り直しだったと考えています。まあ「アトランティス計画」とか面白そうですけどね。

 平井さんはもう転生してこないかな、というのが俺の霊感(笑)なんですけどね。ただアダルトウルフガイへの未練があるとしたら、あるいはもう一度……という可能性もあるかもしれませんね。


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