ゆうのレモンソング掲示板

楽しく語りましょう

未完の大曲“Swan Song” / zoso_ledzep4_yy
1974年、フィジカル・グラフィティー録音期の未発表曲“Swan Song”・・・・・
この曲は、結局、発表されることなく、その曲名は、ZEPが設立した新レコード会社のレーベル名となりました。

“Led Zeppelin: Swan Song”


ドラムは、一聴してボンゾって解かりますよね!

“基本的には、インストゥルメンタルなんだ。4部から成るヴォーカルセクションと四季を表す4つのメロディーラインが含まれることになっていた。ロバートが詩を担当するんだけど、今のところその詩が四季に関するものになるかどうかはわからない。デモテープを仕上げるという仕事は、実に信じられないくらい、やっかいなんだ。というのもデモテープを無くしちまったんだ。(JP)”

結局、1974年のフィジカルセッションの際にジミーとボンゾだけで録音できたのは、このパートのみで、“Swan Song”デモテープ紛失の影響もあって未完で終わっております。

“Jimmy Page/Paul Rodgers -Midnight Moonlight Lady- 1983”


1983年ARMSでのポール・ロジャースとの共演をきかっけに、“Midnight moonlight ”という曲名で後に世に出ることとなったのは、コアなZEPファンならご承知かと思いますが、The Firm版“Midnight moonlight ”の曲構成を参考に上記ジミー&ボンゾのスタジオ音源にジミー・ペイジの“Swan Song”ホームデモ音源(ギター以外にベースとメロトロンも弾いている)をミックスしたZEP版“Swan Song”がアップしておりました!



それぞれのパートが撮られてるだけの“Swan Song”ホームデモ音源をブートで忍耐強く聴いたことがあるのですがこうしてZEP版“Swan Song”として1曲(これでも終盤が足りてないのか?もともと無かったのか?わかりませんが・・)聴けたことに編集された方へ感謝です!
No.274 - 2021/03/25(Thu) 23:43:59

Re: 未完の大曲“Swan Song” / ゆう
zoso_ledzep4_yyさん、音源のご紹介ありがとうございます。
Swan Songは会社名のいわれを知ったときにどんな曲だろう?と思いました。
最近はジミー&ボンゾ版を聴くことが出来るようになりましたが
どなたかベース&メロトロンのパートも入れて編集して下さったのですね。ありがたいことです。
「4部から成るヴォーカルセクションと四季を表す4つのメロディーライン」
完成した曲を聴いてみたかったですね〜。
No.275 - 2021/03/26(Fri) 05:05:01

Re: 未完の大曲“Swan Song” / zoso_ledzep4_yy
>完成した曲を聴いてみたかったですね〜。

“ジミーは膨大な曲を持ってきて、それはずっと長かったんだ。こっちはちょっと気が引けたんだけど言ったよ、「これさぁ、ちょっと短くなるかな?」って。だって、ジミー・ペイジにもっと短くなきゃだめだって言うなんて、何者って感じだろ?でも彼は、「うん、もうちょっと切れる」と言ったよ。”



バドカンでSwan Song社にお世話になったポール・ロジャースがあのジミーに意見した(ZEP時代だったらインスル〜以前には言われたこと無かったでしょうね?)のもビックリなんですが・・・それでも9分12秒あるんですか?!いったい、ZEPバージョンが完成していたとしたら全体で何分間あったんでしょうね?!

“ソングライターってよく言うだろ、音楽が語るのに任せて、自分もただ、あの曲が語ってくるものに従ったんだよ。それで「To the dawning of a new creation(新たな誕生の夜明け)」と歌い始めた。あの曲のジミーのコードは、そんなふうに言ってるように聞こえて、その言葉にも共感するものがあったんだ。あれは未来への希望が感じられる歌にしたかった。”



ZEP版には詩もメロディーも作られなかったわけですが、こんなデモ音源を聴いて詩と歌メロ付けられるなんて“ソングライター”って凄いなあ〜なんて思ってしまいました。

この曲は、“基本的には、インストゥルメンタルなんだ。”ってところで、ポールから大幅な時間カットをされてしまったわけですが、ファーム解散直後、ジミーは「短気なポールと仕事をするのは大変だったんだ!“Midnight Moonlight”での大仰しい歌詞を聴きながらだとギターが弾けなくなりそうな瞬間もあった。」なんて酷いことを発言してましたけど・・・The Firmにて別タイトルとして世に出た事により、“Swan Song”は、永遠に未完の曲となることになってしまいました。
No.276 - 2021/03/26(Fri) 10:06:14

Re: 未完の大曲“Swan Song” / はっとりくん
zoso_ledzep4_yyさん

Swan SongのYouTubeの紹介ありがとうございました。初めて聞きました。面白い試みをする人がいるんですね。LZRと言えば例のLandoverの人ですか。確か日本公演も編集されてましたね。
No.278 - 2021/03/26(Fri) 19:09:08

Re: 未完の大曲“Swan Song” / ゆう
zoso_ledzep4_yyさん、はっとりくん、ありがとうございます。
編集して下さる方は、いろんな音源にtryされているのですね。
今後も期待してしまいますね。

>短気なポール
ポール・ロジャースは薬でへろへろだったジミーちゃんを音楽活動に向かわせてくれた恩人だというイメージですが、短気なのですね。
それにしても、随分と仲が悪くなっていたようですね。
ヴォーカリストとしては、そんなに長い曲は歌うのは大変だと感じたかも。

>音楽が語るのに任せて
そういえば、王子も天国への階段は、そんな感じで書いていたようですね。
曲を聴いて音楽が語るのを歌詞にするって凄いと思います。
No.280 - 2021/03/27(Sat) 05:13:01

Re: 未完の大曲“Swan Song” / zoso_ledzep4_yy
>ポール・ロジャースは薬でへろへろだったジミーちゃんを音楽活動に向かわせてくれた恩人だというイメージ

それは絶対間違いないと思うんです。お互いのバンドが解散していた1983年当時、シーン復帰を目論んでいたジミーに対して、ツアー疲れのポールは、その逆でした。

ジミー「バンドを組んで一緒にツアーにでるんだ!」
ポール「もう、ツアーは嫌だよ!」
ジミー「じゃあ、アルバム2枚作ってアルバム2回分のツアーをやって終わり!これでどう?」
ポール「わかったよ!」

Q:“ファームで一番良かったことといったら?”
“自分にとってみれば、ジミーが立ち上がって走り出しロックンロールをやるようになったこと。音楽に戻ってきたことだな。それが自分にとってのファーム全意義だったんだ。だから彼が調子を取り戻すのを見て、本当に嬉しかったよ。”

Q:“何故それがあなたにとって大事なことだったんですか?”
“僕にとってはとても大事なことだったんだよ。以前にフリーのギタリストのポール・コゾフをドラッグと鬱が原因で失くしたからね。彼のために何もしてやれなかったことをずうっと悔やんでいた。そして、ジミーも失ってしまうんじゃないかと心配だったんだ。”

ポールさん、めっちゃいい人です・・・

>それにしても、随分と仲が悪くなっていたようですね。

ポールのスワンソング契約時に“Bad Company”というバンド名についてPGから“君には興味があるが、そのバンド名には感心しない!(“FREE”って名前も変わってますが・・)”と指摘されても自分の我を通したポール・ロジャース

“ああ、あれは君だったのか”
https://www.barks.jp/news/?id=1000158958

ジミーのアトランティック契約時(メンバーはセッションマン1名と当時無名の新人2名←この3人が怪物だった!)に、これまでの前例を覆す破格の契約条件を獲得し、自分の思うとおりにZEPをプロデュースしてきたジミー・ペイジ

“1968年11月11日、LZがアトランティックと契約”
https://www.ledzeppelin.com/event/november-11-1968

ファーム結成時から予想されたことなのかも知れませんが、カバペーそして王子の自我が芽生えてからのペープラ然り、頑固一徹のそれぞれがバンドリーダーと成りえる二人での双頭バンドなんて長く続くわけありませんよね〜

“ジミーは、イギリスでライブをやるときは観に来てくれるし、今でもとてもいい友達だよ。(ポール)”
&t=19s

王子からも(ジミーからもですが)こんな発言ないでしょうかね?
No.281 - 2021/03/27(Sat) 08:04:06

Re: 未完の大曲“Swan Song” / ゆう
zoso_ledzep4_yyさん、記事のご紹介ありがとうございます。
そうですよね〜。ポールはいい人ですよね。ポールコゾフの事がずっと頭にあったのですね。
王子にも素晴らしいアドバイスを。
Bad Companyが鳴り物入りでデビューしたとき、バンド名かっこいい!と思いました。言われるままにバンド名を変えてなくて良かったです。

>王子からも(ジミーからもですが)こんな発言ないでしょうかね?
ZEPの3人は他のメンバーのコンサートって行っていない気がしますね。
No.282 - 2021/03/28(Sun) 05:12:35

Re: 未完の大曲“Swan Song” / ryuyomo
ファームを見た時にMidnight Moonlightの演奏中感じたのはこれはWhite Summerから派生した曲なのだろうといことでした。ギターはダンエレクトロでしたし。当時Freeのライヴを聞いてポールのファンになった自分としてはファームは夢のバンドだったんですよ。まだ日本で1stが出ていなかったので見る前にカセットテープで入手して聞いたものです。当時の裏話を今知ると感慨深いものがあります。Pグラントはポールの性格についてけっこう酷い事を言っていた記憶があります。ポールの元奥様が言っていたのはポールがペイジの力になりたかった、という趣旨の話をインタビューでしていましたけどね。
No.283 - 2021/03/28(Sun) 17:57:17

Re: 未完の大曲“Swan Song” / zoso_ledzep4_yy
>Pグラントはポールの性格についてけっこう酷い事を言っていた記憶があります。

下記リンク、ロイヤルアルバートホールのチケット画像下からご一読ください。

※注意:次頁に進めない場合は、ページ内、右上角の“検索をクリア”をクリックすると以降の頁が閲覧できます。

https://books.google.co.jp/books?id=O--5DwAAQBAJ&pg=PT315&lpg=PT315&dq=%E3%83%9D%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%83%AD%E3%82%B8%E3%83%A3%E3%83%BC%E3%82%B9%E3%80%80%E6%80%A7%E6%A0%BC&source=bl&ots=iDz8LuwADN&sig=ACfU3U0wCJu3eM7TZLSu-GxbaO6bPI-K6g&hl=ja&sa=X&ved=2ahUKEwiGjpfOgNPvAhWLxYsBHSjHBC44FBDoATAJegQIBhAD#v=onepage&q=%E3%83%9D%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%83%AD%E3%82%B8%E3%83%A3%E3%83%BC%E3%82%B9%E3%80%80%E6%80%A7%E6%A0%BC&f=false

怒りっぽい、若気の至りというか・・・70年代のポールにはこういった証言が確かに多かったようですね?
同じく素面のときはナイスガイだけど酔った時の行いが最悪!ってとこでは、ボンゾもそうなんでしょうが二人が最高峰のヴォーカリスト&ドラマーだという紛れもない事実がそのマイナス面をも忘れさせてしまうんでしょうね!(そうじゃなかったらタダのチンピラ!)

ちなみにディグビ(リチャード・ディグビー・スミス)さんは、アイランドスタジオのエンジニアで天国への階段の録音時にも立ち会った方です。

https://celebrationday.hatenablog.com/entry/2021/01/04/000110

>当時Freeのライヴを聞いてポールのファンになった自分としてはファームは夢のバンドだったんですよ。

ryuyomoさん、生ファーム観られたんですよね?
ゆう様も、Queen + Paul Rodgersでポールの生ヴォイス聴かれたんですよね・・・・羨ましいです。
1980年のZEP解散により、1984年の王子来日公演に続いて、その勢いで次は、ファーム来日公演で生ペイジ&ロジャースを・・・と期待してたんですけどね・・・残念

https://photos.app.goo.gl/48YDAGhp9LkE7j4q6

せめてパンフだけでもと思いネットオークションで思わず入手してしまいました。!(^^)!

>ポールがペイジの力になりたかった

元ゼップのメンバーでポールが支援したのは、ジミーだけではありません。

“ポール・ロジャースとボーナム・ファミリーとの交流=「JOHN BONHAM'S MOTHER HAS PASSED」”
https://blog.goo.ne.jp/aru-rodgers/e/e21e6b99c767c75fefa0449f2a553703

真ん中がボンゾのお母さんのジョアーンさんで左がボンゾの妹のデボラさんです。
http://2.bp.blogspot.com/_RdPWlU-NIuI/TVMYAtniZKI/AAAAAAAAAc0/N9Y0r_5aBao/s1600/Led%2BZeppelin.%2BJoan%2BBonham.Classic%2BRock%2BAwards.2010j.jpg

年齢を重ねても衰えをしらないその声量と男前すぎる!友人への温かい配慮に惚れてしまいます!
No.284 - 2021/03/28(Sun) 22:37:52

Re: 未完の大曲“Swan Song” / ゆう
ryuyomoさん、zoso_ledzep4_yyさん、ありがとうございます。
確かにこれだけ証言があると、ポールは付き合いにくい人だったのでしょうね。
それでも、ここまで周囲の人へ温かい関わりはなかなか出来ないことだなあと思います。

>羨ましいです
ポールロジャースは若々しい人ですし、いろんなミュージシャンと組んでいますから、コロナから解放された後に来日してくれるかもしれません。期待したいと思います。
No.285 - 2021/03/29(Mon) 05:24:33
レヴィー・ブレイク / CRUNGE
凄い、PAGE師匠はとてつもなく凄い・・

No.277 - 2021/03/26(Fri) 17:55:23

Re: レヴィー・ブレイク / ゆう
CRUNGEさん、レヴィー・ブレイクのupお疲れ様でした。
この曲は4人の凄さが凝縮されている感じがして
いつも聴き入ってしまいます。
No.279 - 2021/03/27(Sat) 05:05:35
ハワイの映像 / 雨崎
こんな映像も有ったのですね。
1970年のハワイ公演だって!アウトオンザタイルズの映像って初めて見ました。ステージにむっちゃ近い所で撮影されてますね。
良くピーターグラントにツマミ出されなかったもんだ。
もしくはプロショット?なのでしょうか。
No.259 - 2021/03/20(Sat) 08:55:22

Re: ハワイの映像 / 雨崎
URLを忘れてました。

No.260 - 2021/03/20(Sat) 08:58:18

Re: ハワイの映像 / zoso_ledzep4_yy
> 1970年のハワイ公演だって!アウトオンザタイルズの映像って初めて見ました。

この動画ですが劣悪なVHSサイレント動画時代から観たことがございました。

https://www.ledzeppelin.com/show/september-6-1970

ブート音源は、第1部公演のみが部分的に出回っているだけで第2部のブート音源は、現時点で確認できておりませんがこの時には Out On The TilesのみならずBabe I'm Gonna Leave You まで演っているんですね!

音はどちらの曲も他公演の音源を被せてますが動画のロバートとシンクロ?しているような気もしますのでこの動画がハワイ公演第2部の動画であったことが立証されたと思います。
No.261 - 2021/03/20(Sat) 11:56:56

Re: ハワイの映像 / 雨崎
zoso_ledzep4_yy さま、有難うございます!
これはいにしえのVHS時代にも見られて映像だったのですね。ロバート王子のシャツはバスフェスティバルの時と同じものなのかな?とか画質がそこそこ良いので見入ってしまいます。概要欄に他の日の音源を被せて有ると説明されてたんですが、このセカンドショーも全編音源が出ないものか待ち遠しいですね。しかしYouTubeで良いものが聴けたり見られたりで有り難みを感じてます。ジミー御大も映像を集めてらっしゃるでしょうから、断片でも良いから映像集をオフィシャルで出して欲しいなと。
No.262 - 2021/03/20(Sat) 17:31:08

Re: ハワイの映像 / ゆう
雨崎さん、映像のご紹介ありがとうございます。zoso_ledzep4_yyさん、レスありがとうございます。
1970年9月6日の第2部公演の映像。
王子の衣装はバスフェスの時のっぽいですね。
こんな映像があったのですね・・・ありがたいです。
できればオフィシャルで映像出してほしいですね。
No.263 - 2021/03/21(Sun) 05:03:55

Re: ハワイの映像 / zoso_ledzep4_yy
ZEPは、アメリカ公演で本土以外だと70年以外に69と初来日直前の71年と3度のみハワイだけで公演を行っております。

https://www.ledzeppelin.com/show/may-13-1969
https://www.ledzeppelin.com/show/september-16-1971
https://www.ledzeppelin.com/show/september-17-1971

↓今はなきパンナム航空機の前でのグループショットを撮影者自らが紹介されています。



69年5月のホノルル到着時においての有名なフォトですがレコーディング中のUのリールマスターをジョンジーを除いた3人が大事そうに抱えていますが全米を強襲しつつ、アトランティックからの度重なる要請により同時にUのレコーディングにも勤しんでいた!状況が写真からも十二分に伝わってまいります。

https://www.gettyimages.co.jp/%E5%86%99%E7%9C%9F/led-zeppelin-honolulu?phrase=led%20zeppelin%20Honolulu&sort=mostpopular#license

↑Robert Knightさんの他の写真は、今回のスレッドである70年時には、撮影されていませんが1969年時のホノルル滞在中のオフステージにおいての(当時20歳!)ロバートの筋肉質な体系及びそれとは真逆(笑)なジミーとボンゾの水着シーンも撮られております。(*^。^*)
男性フォトグラファーによる撮影なのですが・・・・思わず王子の美尻にカメラの焦点が定まっちゃたんでしょうかね?(ゆう様!大サイズ \35,000です!(^^)!)

1971のハワイでは、王子のみが奥様のモウリーンさん同伴なのでハワイでは、他のメンバーも大人しかったと思いますが・・・

https://plaza.rakuten.co.jp/chira/diary/200509300001/

https://plaza.rakuten.co.jp/chira/diary/200510010000/

これは、ツアマネのリチャード・コールが書いたレッド・ツェッペリン初来日における生々しい滞在記ですが過酷なアメリカツアーがハワイで終わってそれまで貯めていたものが異国の日本で一挙に爆発したんでしょうかね?!(汗)
No.264 - 2021/03/21(Sun) 17:49:01

Re: ハワイの映像 / ゆう
zoso_ledzep4_yyさん、ありがとうございます。
ハワイにはモーリーンさんが来ていたのですね。奥様孝行してたのですね〜。
その後、奥様達にはツアースケジュールは偽物を渡すようになったらしいですが、この時はメンバーは常識的に動いていたでしょうね。

>ゆう様!大サイズ \35,000です!(^^)!
あのお尻はハワイで撮られたものだったのですね。35,000円払う価値ありと思います。買わないけど。
大変美しいお姿ですが、あれで泳いでいたのでしょうかねえ。

>初来日における生々しい滞在記
来日中の記録を読むと「旅の恥はかき捨て」という感覚はイギリス人にもあるのだなと思います。
あれがなければ、72年以降の来日も実現したでしょうに、日本にもモーリーンが同行すれば良かったのに、と思います。
No.265 - 2021/03/22(Mon) 05:02:38

Re: ハワイの映像 / 雨崎
ハワイの写真の数々、楽しそうですね。

レコーディングテープをメンバー自ら抱えているのは、今アルバム作ってまっせアピールなのか、スタッフを信用してなくて音源流出とかの懸念が有るからか?このテープの中にはきっと別バージョンとか色々入ってるんだろうな。

'71年はハワイで充電してから日本に来てくれたのでしょうね。

王子のオケツ・・・これ売ってるんですね!面白いなあ。
No.266 - 2021/03/22(Mon) 12:41:29

Re: ハワイの映像 / zoso_ledzep4_yy
>王子のオケツ・・・これ売ってるんですね!

https://mouchegallery.com/portfolio-item/robert-knight/

ジミヘン含めたロックレジェンドを撮られている著名なフォトグラファーの撮影なのですがホノルル空港でのグループショットとプールのオケツショット・・・どちらも同じ大サイズ35,000円だなんて、落差激しすぎますよね(笑)
半世紀過ぎてもなお、ネットを通じて若かりし頃のお尻を見られ続ける王子のご心境は、いかに?!

>あれがなければ、72年以降の来日も実現したでしょうに

そうですね・・・確かに2回の来日で関係者に衝撃的な行状を見せつけたZEPご一行にキョードーもウドーも恐れおののいたのは事実なんですが、1976年11月のML取材時でのJPインタビューを読んでみると・・

“もちろん行きたいと思っているよ。この前行ったのは確か3年くらい前(実際には4年前)だろ。2回日本に行ったけど、本当に楽しかったな。去年(1975年)だって、ロバートの交通事故がなければ、日本でコンサートをするはずだったんだよ。その去年の計画はね、日本でコンサートして、香港でレコーディングし、中近東をというものだったんだよ。事故でダメになって残念だったよ。(JP)”

第6作ZEP初の2枚組アルバム“Physical Graffiti”が新レーベル“Swan Song ”から1975年2月にリリースされてから5月のアールスコート以降のワールドツアー計画が頓挫してしまったのは本当に残念でなりません・・・

>「旅の恥はかき捨て」という感覚はイギリス人にもあるのだなと思います。

「旅の恥はかき捨て(旅先では知っている人もいないし、長く滞在するわけでもないから、どんなに恥ずかしいことをしてもその場限りのものである)」ということわざに対して、旅先でこそ恥をかかないようにしろ!とか、相手に迷惑をかけるな!とか、逆の意味だと「立つ鳥跡を濁さず(立ち去る者は、きれいに後始末すべきである。)」でしょうか?!

“ロバートは、ホテルの中庭にあった松の木もひっこ抜いている。木を見ると引っこ抜きたい衝動に駆られる体質だったのだろうか?”(笑)
https://www.jvc.com/jp/headphone/column/rockstar/vol_05/

あの頃は、ロックミュージシャンなんて無法者みたいなものだったんでしょうね?(あの当時だから許されるというものでは決してありませんが・・)
私の仕事上の話なんですがコロナ禍前に各都道府県有名観光地に殺到したインバウンドツーリズム絡みのクレームをお世話させていただいたお客様がご旅行から帰ってこられてからお叱りやご意見を多々受け賜わったりしたものですが・・・コロナが明けたあかつきには、こんどは私が旅をする立場となって「立つ鳥跡を濁さず」・・と思っております。
No.267 - 2021/03/22(Mon) 17:37:58

Re: ハワイの映像 / ゆう
雨崎さん、zoso_ledzep4_yyさん、ありがとうございます。
>ロバートの交通事故がなければ
って、それならば、73年のツアーはどうなの?と突っ込み入れたいです。

>'71年はハワイで充電してから日本に来てくれた
エネルギー充電して、日本で放電しまくったのですね。
テープの音源も放電してほしいです。

王子のおケツは、メンバーお揃いと同じ価値があると思います(断言)
しかしどちらも失われたものへの悲しい感情も起きます。その後徐々に膨れていった王子。美しい頃の写真を見て猛省してほしいと思っていました。

>ロバートは、ホテルの中庭にあった松の木もひっこ抜いている
さすが、道路工事で鍛えた腕力ですね。
唐突に思い出したのですが、ロンドン到着の飛行機の中、イギリス人と思われる人たちの降りた後の散らかった座席を見て驚きました。それからいろいろな所に行って、イギリス人はお行儀が悪い人が多いという結論になったのです。

旅行をお世話する立場の方は、できないけどできることならクレーム入れたい客ってたくさんいるでしょうね。
いつか旅行するときはそんな客にならないように、気をつけます。
No.268 - 2021/03/23(Tue) 05:01:32

Re: ハワイの映像 / zoso_ledzep4_yy
>それならば、73年のツアーはどうなの?と突っ込み入れたいです。

73年のツアーですが同年3月リリースの聖なる館のプロモを兼ねたツアーとしては、7月29日のNYを最後に以後、活動停止となってしまいましたね!

ファンやレコード会社(ニューアルバム発売の半年以上も前からツアーはやるわ、新曲を早々と披露するわでレコード会社は、彼らに業を煮やしておりました。)にしてみれば、「聖なる館が3月に出たばかりなのにもうツアーしないの?!」なんでしょうけど、彼らの中では、このツアーの始まりは、72年10月からの2回目の日本公演からだったんじゃないでしょうか?



<仮称>“1972-1973(聖なる館)ワールドツアー”
October 1972 – Japanese Tour 1972
October 1972-January 1973 – UK Tour 1972/1973
March–April 1973 – European Tour 1973
(※Houses of the Holy 1973年3月28日発売)
May–July 1973 – North American Tour 1973

72年10月、日本での公開リハーサル(苦笑)からスタートし、英国〜ヨーロッパをえたツアーは、オープニングが移民からR&Rへと変わり、聖なる館からの新曲を前面に出し、胸愛で終わるという流れは、10か月間に渡るツアーを通して一貫しておりましたが、その集大成が73年7月のニューヨーク3日間であったと思うのです。



それまでの5年の間、休むことなく、ツアー&レコーディングを継続した彼らは、73年の時点で(レコード売り上げ&観客動員記録、自家用ジェットチャーター、映画撮影等、名声も目標も達成したし・・)シンプルに「もう、休みたい!」ってことだったんだと思いますが・・・20代後半でまだまだ若いのですがココで燃え尽きちゃったんでしょうかね?!(そのあとの解散までの活動鈍化気味傾向は、皆様、歴史でご承知の通り)
No.269 - 2021/03/23(Tue) 08:46:31

Re: ハワイの映像 / ゆう
zoso_ledzep4_yyさん、ありがとうございます。
そうか、72年日本公演スタートでMSGで締めるツアーであったか。
初めて2つのコンサートツアーがつながりました。
後日映画で観たりしたので、MSGと72年日本はとてもかけ離れた感じが未だにします。

だから75年ツアーと77年ツアーもスタート日本にすれば良かったのですよね。
彼らが日本に来ることが出来たなら、また違ったZEPを生で拝めたでしょうに。
No.270 - 2021/03/24(Wed) 05:02:41

Re: ハワイの映像 / zoso_ledzep4_yy
>75年ツアーと77年ツアーもスタート日本にすれば良かったのですよね。

前段のML 1977年1月号掲載の1976年11月JPインタビューからです。

“日本に行くとしたらイギリスツアーの前がいいな。イギリスの場合は列車で動ける範囲だけど、日本では動き回るだろ。そんなことを考えたら、気候のいい秋頃に日本へ行きたいね。武道館がいいかな。”

このコメントって、前回の来日から4年たっても<仮称>“1972-1973(聖なる館)ワールドツアー”時での前半スケジュールと全く同じ予定をジミーは言ってますよね?!
そういえば初来日のあとにもイギリスツアーやってましたが何故か本国での公演は、極寒の時期が多かったようですが王子は、この間にインフルエンザにかかったりしておりました。

私がインバウンド絡みの仕事をやっていた時に「外国人が日本へ観光に行くならどのシーズンがおすすめ?」と現地ツアー会社の担当から相談を受けた時なのですが何処の国へ行くにもそうなのですが・・・答えは、目的によるです。(笑)

やっぱりおススメするのは春、桜の時期。
おススメしなくても、あの花が見たい!と言う人も結構多くて、満開の桜=日本、はすでに有名のようですね。
問題はやはり、満開時期が特定しにくいこと、京都なんかへ行っても、宿の料金も高いし、とにかく人が多すぎることでしょうか?

その次はやはり秋、紅葉の時期。
ただし、これも春と同じで見ごろが特定しにくいことと、観光地では宿の料金高い&人が多すぎること。

冬も悪くないと思ってます。
日本の大晦日やお正月の風景って外国人にはとても独特だし、楽しめると思います。
まあ、これもフライトや宿の料金が自然と高くなるのですが・・・あとは雪の露天温泉はとっても情緒たっぷりですが・・・ヨーロッパ人は、雪なんて観たくもないでしょうね!

一番おススメでないのは、やはり梅雨〜夏

その理由は
・日本の夏ってとんでもなく「蒸し暑い」
・冷房と外の気温差が激しすぎる

東南アジアとか南米の人は別として、外国の人にとっては、この2つって辛いようで・・・蒸し暑いから覚悟して!、と言ったんですが、関空に到着するや否や「(蒸し暑くて)息ができない!!」(笑)
日本は毎年6月半ば〜7月末までの前半は梅雨、その後は蒸し暑い夏、と、シーズン的には良くないので、2020東京オリンピックも正直アスリート達にとってもベストコンディションが保たれるとはいえないと思います。

もし外国人の友達がいて、日本に来たい!と言われてる方、参考にしてみて下さいね!

私がもしその当時にUDOに勤めていてZEP来日の相談を受けていたとしたなら「日本からワールドツアーをスタートさせてください!春がベストシーズンですよ!」ってアピールしたかったですが・・・

2021/3/23 KYOTO“枝垂れ桜の競演”(退職された私の元上司撮影&編集)

https://photos.app.goo.gl/TmGmv2dqFPSFnU2A6

王子とボンゾの二人がかりで桜の木引っこ抜かれていたかもしれません(汗)
No.271 - 2021/03/24(Wed) 09:08:41

Re: ハワイの映像 / 雨崎
もし'75年と'77年のツアーが日本から始まっていたら大掛かりな物になって、野球場を使ったスタジアムツアーになっていたかも。色々な巡り合わせで幻の日本公演になってしまった様ですが開催されてたら伝説になっていたかも知れませんね。惜しかったなあ。
No.272 - 2021/03/24(Wed) 11:48:31

Re: ハワイの映像 / ゆう
zoso_ledzep4_yyさん、雨崎さんありがとうございます。
ZEPの日本公演で桜の季節に来ていただき、花見の宴会へ・・・きっと恐ろしいことが起きていたでしょうね。
花見の出来る公園では池なんかもあるから、桜は抜かれ、人は次々と池の中へ(怖)
とはいえ、スタジアムでZEPも実現したかもしれませんね!残念。

>雪の露天温泉
地獄谷は猿見たさに外国人が集まるそうですね。
そんな方は冬がいいでしょうし。
確かに目的によって季節が限定されたりしますね。
メンバーに風邪をひかせないためには春日本スタートがいいだろうと思います。
zoso_ledzep4_yyさんが当時UDOにいらっしゃらなかったのが悔やまれます。
No.273 - 2021/03/25(Thu) 05:11:52
Landover 1977 Live Album / zoso_ledzep4_yy
1977 USツアーのランドバー4日間のベストテイク?で編集した非公式音源が出回っております。



マルチトラック録音ではありませんがP.A.の卓からの録音と会場隠し盗り音源のミックスだけでよくぞここまでステレオ感&臨場感溢れる編集が出来たものだなあ〜と感心してしまいました!!

“ロバートの歌が止んでジミーが高音弦でソロを取るパートになると、バンドサウンドに大きな空間ができてしまうんだ。それを埋めるためには、8弦ベースが最適なはずだと考えていたんだよね。でもね、8弦ベースを使った最初のリハーサル(プレゼンス録音時)の時にジミーは僕がそれを使うことをスゴク嫌がったんだ。「そんな音のベースとは一緒にプレイ出来ないよ。」ってね。でもバンドで音を出し始めると、バッチリきまったんだ。-JPJ”



この年から機材をフェンダーからアレンビック4弦&8弦ベースに変えたジョンジーのベースサウンドが音の隙間を埋め尽くすかのように前に出ている感じに聴こえてきて心地よいです。(特に8弦ベースを使ったプレゼンスからのナンバーが顕著!)

https://mega.nz/file/yDhAzCpZ#zIPvKsDMcelV71NfJSR6EraTO1pLOiFxVV1ii2vH16o

上記からWAV形式での全曲ダウンロードもできます。

77年ツアー総括として、オーディエンスノイズや会場の残響もないスカッスカなサウンドボード聴いていると「ジミーさえしっかりしてくれれば…!」てな想いもあったのですが・・・いや、考えが変わりました(笑)
No.248 - 2021/03/16(Tue) 09:30:49

Re: Landover 1977 Live Album / ゆう
zoso_ledzep4_yyさん、1977年5月25日〜30日の4日間のミックス音源のご紹介ありがとうございます。
こういう編集の音もあるのですね。
ベースの音って、ライヴ会場での演奏では凄く耳に入るのですが、
77年ツアーに参加したお客さんはこういう非常に心地よいベースの音を耳にしていたわけですね。羨ましいです。
ジョーンジーの発言、さすがだと思います。
No.250 - 2021/03/17(Wed) 05:01:18

Re: Landover 1977 Live Album / zoso_ledzep4_yy
> こういう編集の音もあるのですね。

シアトル75、シアトル77、ネブワース79での同様なミックスバージョンを聴いたことがありますが今回のランドバー77みたいに出音だけで「これオフィシャル?!」みたいな衝撃を受けることはありませんでした。
出尽くした感のあるZEPのSBD音源?(まだまだ期待してますが・・・)ですがこれからはプラスAUD音源ミックスバージョンが今回のランドバー77をきかっけに良質なものが出てきたらまだまだ楽しめそうですね!

>77年ツアーに参加したお客さんはこういう非常に心地よいベースの音を耳にしていたわけですね。

アレンビックの音域がギターと重なって聴こえてしまうきらいもあってこれまでのZEPサウンドに慣れ親しんだファンからしたら賛否両論あるかもしれませんが・・・
でもロックに肝心なグルーヴを形成するのはもちろん、ドラムとベース。
ドラムとベースがしっかりしていないとグダグダで締まりのない演奏になってしまいます。
理想的なロックバンドはドラムとベースが フロントに負けない存在感を発揮することだと思います。



バッジホルダー6/23の会場音源で改めて聴きなおしてみても、ギターとベースがほとんど同音域(ちょっとギターが引っ込んでる感じもしますが・・でもジミーの調子を考慮すればこれくらいが良いかも?!)で音の塊感が半端ないですし、正にアルバム“Presence”期ならではの後期ZEPサウンドだと思います。

>ジョーンジーの発言、さすがだと思います。

ジミーもジョンジーの秘密兵器には、脅威を感じたんでしょうか?
思えば王子のみならず、ジョンジーもZEP後期には、インスルー〜を経て自己主張が芽生えてきたんでしょうね!
No.254 - 2021/03/17(Wed) 09:27:06

Re: Landover 1977 Live Album / ゆう
zoso_ledzep4_yyさん、ありがとうございます。
バンドで大事なのはリズム隊がしっかりしている事ですね。
ZEPは世界一のリズム隊のバンドだと思いますし、だからこそPresenceのようなアルバムも誕生したのでしょうね。

>ジョンジーの秘密兵器
アレンビックの事ではないのですが
ステージでキングギドラが登場したとき、凄く注目されて音楽誌のグラビアを飾っていました。
あれはジョーンジー、快感だったのでは?
ジミーちゃんも脅威に感じていた事でしょう。
No.255 - 2021/03/18(Thu) 05:01:36

Re: Landover 1977 Live Album / zoso_ledzep4_yy
>ステージでキングギドラが登場したとき、凄く注目されて音楽誌のグラビアを飾っていました。

ペープラ時にジミーもマンソンギターに3ネック作ってもらってましたが後出しじゃんけんでインパクトなかったですよね(笑)
思い出したのですが・・1999年12月8日 クラブ・クワトロ大阪で私、生キングギドラを至近距離で拝めましたよ!(ライブハウス公演でオールスタンディングだったので開場と同時にジョンジー側左最前列ゲットしまして目と目が合ったりして嬉しかったです。)



ループ(サウンド・オン・サウンド)を使ったTRIPLE NECK GUITAR SOLO終演後にジョンジー自らがキングギドラの裏面ボディのシンボルマークを見せびらかして喝采を浴びておりました(笑)

https://forums.ledzeppelin.com/topic/17567-andy-manson-rebuilds-his-led-zeppelin-john-paul-jones-triple-neck-guitar/

思えばZEP時代の機材って唯一これだけであとはマンソンギターでオーダーしたラインナップばっかりでフェンダーやアレンビックは残念ながら登場しませんでした。(本人曰く、マンソンは、フェンダーとアレンビックのいいとこどりらしいです。)

ステージ上には、楽器以外にアップルのコンピューターが置いてあったりとかでなんだかロックコンサートの趣きらしからぬセッティングで不思議な音色を素早く出されておりました。

そして、3つ目の秘密兵器は何といってもコレですよね!



でもステージではネブワースで使っただけで翌年の最後のヨーロッパツアーでは、運搬&音色のセッティングが大変だったようでサプリングキーボード“フェアライト”が使われておりました。(ELPのキース・エマーソン愛用のGX-1を保管していたキース自宅納屋にトラクターが突っ込んで大破した為、キースは、JPJからGX-1を買い取ったそうです。)



ジョンジーは、ジミーの愛機への拘り(セッション時代からのダンエレ含めて現在も愛用中)とは異なり、最新機材を積極的に試していくタイプのようです!
No.257 - 2021/03/18(Thu) 09:20:00

Re: Landover 1977 Live Album / ゆう
zoso_ledzep4_yyさん、ありがとうございます。

>生キングギドラを至近距離で拝めましたよ!
それはラッキーでしたね!
自分のマークを指すジョーンジー、ファンが歓ぶことを気前よくやってくれますね。
本当にインパクト大のギターだと思います。ジミーちゃんも羨ましかったのでしょうねえ・・・

>GX-1
ネブワースといえば、これですよね。しかも電話付き。
ジョーンジーは初来日で邦楽に興味を持ちましたが、年月を経てソロアルバムで応用してましたね。
飽くことなき探究心は素晴らしいです。
No.258 - 2021/03/19(Fri) 05:01:46
グッドタイムズ・バッドタイムズ(NO VOCAL) / CRUNGE
久しぶりにZEPをアップしました



O2でこのイントロを聴いてもう14年なんですねぇ・・
No.249 - 2021/03/16(Tue) 21:24:35

Re: グッドタイムズ・バッドタイムズ(NO VOCAL) / ゆう
CRUNGEさん、グッドタイムズ・バッドタイムズの演奏upお疲れ様でした。
あのイントロを聴いた瞬間の感動は今でも覚えていますが
会場におられた方は、どれほど心が躍ったことでしょう。
あれから14年というのが、信じられない感じがします。時間経つのが早すぎ。
No.251 - 2021/03/17(Wed) 05:03:39
当時のファンは座って聴いていた / ブルー爺
77/4/27、クリーヴランドの画像を観ていて、あらためて気づいたこと。

コンサート終盤の「アキレス」「天国」ですら、お客さんは最前列まで全員着席してステージを注視しています。ツェッペリンは「乗せる」以前にまず「聴かせる」バンドだったということではないでしょうか。

No.232 - 2021/02/27(Sat) 22:16:15

Re: 当時のファンは座って聴いていた / zoso_ledzep4_yy
音楽産業の巨大化とともに成長した1970年代のロック・・・
50年代のアメリカ音楽の影響から60年代イギリスでビートルズがロックバンドの原型を確立した以降に演奏の長尺化とアンプやPAなど機材の進化により急速にロックが発展し、そして70年代レッド・ツェッペリンでそのピークを迎えたんだと思っております。

https://kakereco.com/magazine/img/post/rock_stream.jpg

この図表を時系列で70年代に向かっていくにつれ、レッド・ツェッペリンがいい意味でも悪い意味でもそれまでのロックビジネスの定義をぶち壊した!ってことだと思います。

https://www.targma.jp/rock/2020/11/10/post1714/

ストーンズのチャーリーの発言だったような記憶があるのですが70年代を振り返って
「ツェッペリンのせいで、コンサートを2時間やらなくちゃいけなくなった。演奏中は、静かで終わったら熱狂状態になるあの70年代のことだよ。」

プロモーターから搾取されることなく、(初期を除いて)合同フェスにも参加せず、前座なしで単独の3時間にもおよぶパフォーマンスを魅せられる!(大音響で)聴かされる!観客としては、(ビートルズが1966年までツアーをしていた時代とは違って)演奏中は座っているしかなかった時代だったと思います。
No.233 - 2021/02/28(Sun) 01:36:46

Re: 当時のファンは座って聴いていた / ゆう
ブルー爺さん、映像のご紹介ありがとうございます。zoso_ledzep4_yyさん、記事のご紹介ありがとうございます。
ZEPのコンサートといえば、最前列の人はステージにヘッドバンキングしてるとか、アメリカでは花火は鳴るわ、暴動が起きるわ、王子が演奏を中断して注意をしたこともあったとエピソードをいろいろと聞きましたが、映像をよく見るとお客さんはおとなしい感じですね。
騒いでいたのは演奏の間が多かったのですね。

ZEPが登場するとともに音楽界のコンサートの持ち方が大きく変わっていったのですが、同じ時代のミュージシャンにとっては、いい迷惑だったようですね。
しかしピーターの働きでミュージシャンが不当に搾取されなくなった事はZEPの功績ですね。
No.234 - 2021/02/28(Sun) 05:20:05

Re: 当時のファンは座って聴いていた / zoso_ledzep4_yy
=彼らはロックンロール・ビジネスを根底から変えたんですが、そんなことをやったから大変なことになったんです。その怖さはレッド・ツェッペリンの映画『レッド・ツェッペリン狂熱のライブ』の最後に描かれています。ホテルの金庫に預けたコンサートの売り上げ金が全部消えてしまったのです。=

前段の書き込みしているURLの記述からの抜粋なのですが

=レッド・ツェッペリンの犠牲によってロック・ビジネスは何歩も前進したのです。この頃のツェッペリンに、不幸が続いていたのはバンドのメンバーを探す時に悪魔と取引きしたからと言われてましたが、このお金が紛失した事件はマフィアの怒りを買ったからだけなのです。=

には、“なるほどなあ〜”と感心してしまいました。

“あれはまだ巨大な容器に入った映画用フィルム(35mmフィルム400feetの撮影可能時間は約4分20秒)を使っていた時代で、フィルムを使い切ってしまうと交換するのに時間がかかった。ジョー・マソット(映画監督)は計算違いをして、曲の途中でフィルムを切らしてしまったんだよ。(ZEP元広報担当 ダニー・ゴールドバーグ)”

1973年7月27・28・29日のマジソンスクエアガーデンに行われたライブ撮影時に欠落部分が多々あった為にその穴埋めの為にメンバー4人それぞれのファンタジーシーンを撮影することとなりました。

https://forums.ledzeppelin.com/topic/24599-the-song-remains-the-same-rare-fantasy-sequence-outtake-photos-19731974/

それでも映画のショットが足らなかった為、監督を首にして新監督ピーター・クリフトンによる翌年8月にイギリスのシェパートンスタジオにてMSGでのステージセットを再現、メンバーは、当時の衣装を着て(ジョンジーは、髪をショートにしていたのでカツラ着用)ライブ音源に合わせて口パク・あてぶりで撮影に臨んだんだそうです。

https://forums.ledzeppelin.com/topic/2986-led-zeppelin-shepperton-film-studios-aug-1974/?tab=comments#comment-76566

映像と音声がずれたりしているのはこの為ですが、ジョンジーによると「当初は、単にコンサート映画を撮るだけの予定だった。」ってことでしたので当時の撮影技術上の問題の為、メンバー妥協上での作品であったというのが今となってはちょっと残念ではありますが・・・



映画も3曲メドレーで編集してほしかったなあ〜
映画製作のきっかけは「俺たちが音楽界のコンサートの持ち方が大きく変えた!それまでのロックビジネスの定義を俺たちがぶち壊した!」って自覚があったからそれを記録として残したいと思たんでしょうね!



その集大成であるLED ZEPPELINの1973年USツアーを映画化しよう!という彼らの判断は、正しかったことが歴史が証明しております。そしてその瞬間を記録に残していただいたことに感謝です!!
No.237 - 2021/03/02(Tue) 11:29:02

Re: 当時のファンは座って聴いていた / ゆう
zoso_ledzep4_yy さん、ZEPの映画についてありがとうございます。

>マフィアの怒りを買ったからだけなのです
悪魔以上にマフィアは怖いんだなあと思いました。
しかし、王子の身に起こった不幸はさすがにマフィアとは無関係だと思いますが。

>俺たちが音楽界のコンサートの持ち方が大きく変えた!
本人たちもこの世界を変えたんだという自負心をお持ちだったのですね。
この映画は当時の予想を超えて世界的にヒットしました。
そのもくろみは大成功でしたね。
No.239 - 2021/03/03(Wed) 05:04:31

Re: 当時のファンは座って聴いていた / zoso_ledzep4_yy
>しかし、王子の身に起こった不幸はさすがにマフィアとは無関係だと思いますが

“こ・の・お・金・が・紛・失・し・た・事・件・は・マフィアの怒りを買ったから”・・と筆者は限定して言ってますので王子の身に起ったことまでは、それに関連付けしていないと思うんです。(いつもながら字数多くてわかりにくい比喩表現で申し訳ありませんm(_ _)m)

http://www.tapthepop.net/extra/58590

=ロバート(ジョンソン)はなぜここまでブルーズの技量を上達させることができたのか。それは「クロスロードで悪魔に魂を売って名声を得る契約を結んだからだ」……という余りにも有名な伝説がある=

ジミーがZEP結成時に悪魔と契約したとかいう話は、ジミーの黒魔術(アレイスタ・クローリー)崇拝が上記ブルースマン伝説とミックスされてファンの間から都市伝説化(他にもジミーの守銭奴とか・・・これは真実でしょうが)したきらいがありますよね!

=この頃のツェッペリンに、不幸が続いていたのはバンドのメンバーを探す時に悪魔と取引きしたからと言われてました=

私はそんな都市伝説なんて信じませんが・・・そもそも多くの病気の原因は不明です。不摂生をしてもしなくても、人は病気になります。

https://happybday.to/Karac-Plant/photo?pic=http%3A%2F%2Ffanpagepress.net%2Fm%2FK%2Fkarac-plant-grave-0.jpg

・・とは言え子に先立たれたら親は辛いです。(左右端は王子のご両親)
そしてロバートの1975ロードス島交通事故や1980ボンゾ逝去に関しては、車の運転中や酒を飲みすぎたからであって誰にでも起こりえたことだったと思います。

>この映画は当時の予想を超えて世界的にヒットしました。

そういった都市伝説をメンバー自ら否定も肯定もせず、“TVに出ない”“インタビューを受けない”等、一切の宣伝活動をせずにコンサートでしかZEPを観ることが出来ないというバンドのイメージ戦略もロックビジネスの定義をぶち壊した!と言えるでしょうね?

追記:ゆう様!アイコンですがこれ以上増やせないようでしたら“celebration day”を“永遠の詩”に入れ替えて頂けないでしょうか?(ZEP活動期間にリリースされたオリジナルアルバムということで・・・m(_ _)m )
No.241 - 2021/03/03(Wed) 08:57:23

Re: 当時のファンは座って聴いていた / ゆう
zoso_ledzep4_yyさん、記事のご紹介ありがとうございます。
>それに関連付けしていないと思うんです
そうですよね〜。
王子の交通事故やカラック君の死亡など王子の身に不幸が続きましたので、呪われたなんて噂は立つだろうな、と思いますが。家族写真・・・胸が痛みますね。映画で可愛いカラック君の姿を見ていたから、本当に悲しかったです。

ロバート・ジョンソンは最初ギターはあまり上手くなかったのですが、しばらく音楽仲間の前から姿を消していた事があったのです。
故郷に帰ってギターの名手に習って猛特訓してたのです。深夜に騒音の苦情が来なさそうな墓場で練習していたそうで、仲間の元に戻った時、めっちゃ上手くなっていたので皆驚いたそうです。
それでそんな噂になったのではないかと思います。

>ZEP活動期間にリリース
そういえば、そうですね。
No.242 - 2021/03/04(Thu) 05:17:30

Re: 当時のファンは座って聴いていた / zoso_ledzep4_yy
“狂熱のライブ”ですがMSG3日間の内、使われた素材は、動画&音声ともに初日の7/27が多く使われました。

=ジョー・マソット(映画監督)は計算違いをして、曲の途中でフィルムを切らしてしまったんだよ。=



↑こちらコンサート開演から早くも2曲目でフィルム切れとなった為に翌年にシェパートンスタジオにて取り直された口パク・あてぶり撮影による“祭典の日”の公式動画なのでありますが、断片的ではありますがMSG初日の“祭典の日”を含めたリアルライブ8mm動画が本日から公開されております!



この8mm動画を観ると、“黒犬”の“アッアッ!”“アッアッ!”の間を利用してと推測されますが、ジミーが曲の途中で1レスポールをbRに交換しているとか、“R&R〜祭典〜黒犬”怒涛の3連発メドレー後に上ジャケットだけ着替え(黒のスペーススーツから黒の花柄スーツ)ているとかがよくわかります。

コロナ禍にあって、本家からの情報が全くと言っていいほど、鳴りを潜めている状態で寂しい限りではありますが今年に入ってから衝撃のデストロイヤー動画を含めて“こんな映像があったんだあ!?”が無料で視聴出来るなんて・・・ホント有難いです!!
No.246 - 2021/03/13(Sat) 18:47:09

Re: 当時のファンは座って聴いていた / ゆう
zoso_ledzep4_yyさん、映像のご紹介ありがとうございます。
おお、祭典の日ですね。そして8mmの7/27の動画。
こんな映像があったのですね。嬉しいことです。
実際の時系列の映像を観ると、楽器や衣装の変化が分かりますね。
貴重な映像の公開はコロナ禍を乗り切る重要なアイテムになりますね。
これからもいろいろと観ることができたらいいなあと思います。
No.247 - 2021/03/14(Sun) 05:03:32
こんにちは / MASAYUKI
 ゆうさん、こんにちは 結局うまく編集できませんでした この頃、祭日などの関係で
なかなかネットできませんでした・・・
 最近はサラ・オレインのアルバム「f」などを聴いています 残念ながら家は処分して
しまったので、次の居住先を探していきたいと思います

 
No.222 - 2021/02/25(Thu) 14:47:46

Re: こんにちは / ゆう
MASAYUKIさん、ありがとうございます。編集できなくて残念でした。
サラ・オレインは聴いたことがないのです。気をつけて聞いてみたいと思います。
居住先を探すということは退院の目途がたったということでしょうか。
良いおうちに巡り会えたらいいですね。
No.240 - 2021/03/03(Wed) 05:08:51

Re: こんにちは / MASAYUKI
おひさしぶりです 実はまだ目途はたっていないんですよ そういえば最近、
「聖なる館」のCDを注文して久しぶりに聴きましたが、凄く良かったです これから少しずつ
今後のことを検討していきたいです・・・
No.243 - 2021/03/11(Thu) 14:29:20

Re: こんにちは / ゆう
MASAYUKIさん、ありがとうございます。
「聖なる館」良いですよね。
当分コロナ禍であまり身動き取れませんので
ゆっくり検討して下さいね。
No.245 - 2021/03/12(Fri) 05:04:01
以下のフォームに記事No.と投稿時のパスワードを入力すれば
投稿後に記事の編集や削除が行えます。
85/200件 [ ページ : << 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 >> ]

- HOME - お知らせ(3/8) - 記事検索 - 携帯用URL - フィード - ヘルプ - メール - 環境設定 -

- Icon: ぱたぱたアニメ館 -

Rocket Board Type-LS (Free) Rocket BBS