 | 「新書太閤記 9」 吉川英治著 講談社 読破
清須会議が終わると柴田勝家は北陸へ帰っていった。 そして冬が来た。 北陸は雪深く柴田勝家は北陸から出てこれない。 その間に秀吉は伊勢の滝川一益を攻めたりした。 しびれを切らして雪をかきわけて柴田勝家が出てきた。 柴田勝家は賤ケ岳に陣取った。 秀吉は岐阜の織田信孝を攻めていた。 そこで勝家配下の佐久間盛政は秀吉軍を攻めて最前線に残った。 勝家は佐久間にはやく戻ってこいと命令したが翌日戻ると返答した。 その夜、秀吉軍の大軍は岐阜から賤ケ岳まで戻ってきた。 佐久間はあわてて退却したが秀吉軍に追撃された。 そうすると秀吉軍の士気は上がり柴田軍は全軍が退却するハメになってしまった。 秀吉の友の前田利家軍は真っ先に退却してしまった。 こうして賤ケ岳の戦いは秀吉の勝ちで終わり、 柴田勝家は北陸の北の庄かな。その城で市姫とともに自害した。 市姫の三人の娘たちは秀吉の元へ送られてきた。 長女の茶々が秀吉の側室に入り、 次女は京極高次の正室になり、 末の娘が徳川秀忠夫人となって家光を生んだ。 それから、織田信孝は織田信雄によって自害させられたようだ。 そしての信雄は家康と接触を謀る。
AIは使ってないよ。。
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No.5943 - 2026/01/17(Sat) 06:37:48
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