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今日のシャクナゲ / 良太
今日のミューズパークのシャクナゲ園
2023年5月4日(木)
階段を降りたり登ったりが大変でした。。

No.5643 - 2023/05/04(Thu) 15:45:05
20歳の自分に教えたい地政学のきほん / 良太
「20歳の自分に教えたい地政学のきほん」 
池上彰著 SB親書 読破

ランドパワーとかシーパワーとか地政学的なことが書いてありました。
特別新たにわかったこととかは無かったけど
確認になりました。
池上彰さんの文章はわかりやすくて良い。

No.5642 - 2023/05/01(Mon) 16:49:16
徳川家康 23 / 良太
「徳川家康 23」 山岡荘八著 講談社 読破

豊臣家の大阪城には秀吉が集めた大量の金があった。
家康は金を使わせようと豊臣家に神社仏閣を作るように命じた。
豊臣家は秀吉を祭った神社を作ったがその鐘が問題になった。
国家安康 君臣豊楽という字が書かれていた。
徳川家は国家安康は家康の字を分断して呪っていると
イチャモンをつけたのだ。
豊臣家と徳川家の関係はいっそう悪くなった。
徳川家では豊臣家に三つの条件を出してその一つを実行しろという。
淀殿を江戸に送ることと大阪城を明け渡すことと
秀頼が江戸へわびに来ることだった。
豊臣家ではどれも受け入れることのできないものだった。
大阪城には金がある。浪人が集まり始めた。
関ケ原で負けて浪人しているものがほとんどだった。
真田昌幸は何年か前に亡くなったが真田幸村も大阪城に入った。
大阪側が勝てば浪人だった人たちが一躍大名になれる。
大阪城で籠城すれば、伊達政宗や毛利や島津が兵をあげるかもしれない。
旧教のフィリップ大王が軍船と大軍を送ってくれるなどどいう噂もあった。

No.5641 - 2023/04/30(Sun) 11:16:50
徳川家康 22 / 良太
「徳川家康 22」 山岡荘八著 講談社 読破

金山を取り仕切っていた大久保長安がしんだが、
調べてみると国に入れる金よりも
長安が着服していた金の方が多かった。
しかもあやしい連判状も出てきた。
家康が新教のウィリアムアダムスを重用していて
旧教側はおもしろくなかった。
旧教側は大阪の豊臣家について
家康に反抗して国を奪うなんて噂ももちあがっていた。
関ケ原以来、平和が10年続いていたが
きな臭い話になってきた。

No.5640 - 2023/04/24(Mon) 15:14:17
徳川家康 21 / 良太
「徳川家康 21」 山岡荘八著 講談社 読破

旧教のソテロは病院などを無償で作ったようだ。
そのソテロは伊達政宗の側室に外国人を世話した。
金髪だったらしい。
関ケ原以降、気概のある者ものといったら伊達政宗くらいになっていた。
秀頼が16才になったら豊臣家に政権を返すと
家康は約束していたがそれは守られそうになかった。
家康は淀殿を江戸に住まわせるか、
大阪から神社仏閣の多い奈良に移封しようとしたが
そんな話がまとまるわけがなかった。
淀殿と家康は家康が大阪城に入った折に関係があったといわれている。
21巻で1609年くらいまで進んでいる。
秀頼の成長が速いか家康がしぬのが速いかっといわれていたが、
家康がしんだら秀頼に眼をかけてくれる人はいなそうだった。
家康はかわいい孫の千姫を秀頼につかわせているのだ。
佐渡の金山とか金山の話が多く書かれていた。

No.5639 - 2023/04/21(Fri) 11:06:23
今日の秩父神社 / 良太
今日は秩父神社を見てきました。
2023年4月20日(木)

No.5638 - 2023/04/20(Thu) 14:00:01
今日の羊山公園の芝桜 / 良太 [関東]
羊山公園の芝桜 2023年4月19日(水)
見頃となっております。

No.5637 - 2023/04/19(Wed) 17:57:10
街とその不確かな壁 / 良太
「街とその不確かな壁」 村上春樹著 新潮社 読破

壁と聞いて「世界の終わりとハードボイルドワンダーランド」を
想像したけどやはりその壁だった。
これを読んでないとこの本が理解できるかは不明。
私は読んでおいた方がいいと思うj。
影が壁の世界から脱出して主人公は元の世界に戻ってこれたが
本体は壁の世界に残ってたんだな。

No.5636 - 2023/04/15(Sat) 07:41:25
今日の羊山公園の芝桜 / 良太
羊山公園の芝桜 2023年4月11日(火)
だいぶ咲いてきました。今年は早い。

No.5635 - 2023/04/11(Tue) 18:27:02
徳川家康 20 / 良太
「徳川家康 20」 山岡荘八著 講談社 読破

二代将軍秀忠と江がやっと男子を産んだ。
家光である。
1605年、家康は征夷大将軍を秀忠にゆずった。
豊臣秀頼が16才になれば政権を秀頼に返すと
秀吉と家康は約束したのだがそれは守られそうもなかった。
しかも家光が生まれた。
代々将軍職は徳川家が受け継いでいくことになりそうだ。
秀頼の母、淀殿はおもしろくなかった。
秀忠が上洛するのに秀頼も上洛するように家康は頼んだが
淀殿は受け入れなかった。
徳川は豊臣の家臣ではないかっという主張だった。
家康や秀忠が大阪城の秀頼にあいさつに来いというのだ。

スペイン、ポルトガルを南蛮人といい旧教のカトリックだった。
イギリス、オランダを紅毛人といい新教のプロテスタントだった。
何故、南蛮人や紅毛人が日本に来るようになったかというと
マルコポーロが日本のことを黄金の国ジパングと紹介したからであった。
1549年、いごよく広まるキリスト教と覚えたものだが
ザビエルはスペイン人だった。
初めはスペイン、ポルトガルの南蛮人が調子が良かったが
1600年頃になるとイギリス、オランダの方が調子が良くなっていた。
家康は日本に漂着した新教のイギリスのウイリアムアダムズを
三浦按針と名付け寵愛した。
1588年にイギリスはスペインの無敵艦隊を破り、
1600年には東インド会社を作っている。
とにかく新教と旧教の国は仲が悪く戦争ばかりしていた。

No.5634 - 2023/04/08(Sat) 19:17:16
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