 | 「新書太閤記 2」 吉川英治著 講談社 読破
お城の石垣が崩れて20日たってもなおせないことから 秀吉は3日でなおすといってお金もあまりつかわずになおせてみせた。 これは信長も秀吉がツカエルと思って30人を率いる足軽の組頭にした。 寧々をめぐり前田犬千代(利家)とひと悶着があったが 犬千代はとある人を斬ってしまったことから信長から破門されてしまう。 犬千代は寧々を頼むと秀吉に言って去っていった。 寧々の方も秀吉に応じてくれた。 秀吉は美男ではないが天下を取ったくらいだからオーラみたいなものがあったのだろう。 キリョウが良かったのかもしれない。 そんな折、東海の今川義元が2万5千人で尾張に攻めてきた。 尾張、名古屋の兵は2千5百人で10分の1しかない。 信長は今川義元を油断させるために籠城にみせかけていたが、 今川義元の本陣が尾張に近づくと一気に討ってでた。 今川義元の本陣を急襲するのだ。 信長の最前線の砦は今川勢に落とされている。 今川義元は余裕ぶっこいて桶狭間あるいは田楽狭間で幕を貼って休んでいた。 そこへ信長が討ちいって今川義元の首を取った。 秀吉の30人の部隊は17人になっていたが秀吉は無事だった。 前田犬千代も敵将の首を取り信長は許してくれた。 信長は岡崎の松平元康(家康)と同盟を結び尾張は安全になった。 秀吉と寧々は結婚した。犬千代が祝ってくれた。 美濃では斎藤道三の息子義龍が死んだらしい。 信長は一当りしてみようと美濃に攻め込もうとする。 寧々がすばやく秀吉のヨロイ一式を用意してくれた。 この寧々のためならっと思う秀吉だった。
 |
No.5935 - 2025/12/20(Sat) 19:07:57
|