 | 「黒田官兵衛 秀吉も一目おいた天下人の器」 浜野卓也著 PHP文庫 読破
黒田官兵衛が姫路あたりでまわりが毛利につこうとするなかで、 信長につくことを決めて秀吉が姫路に入ったりしたのだけど、 摂津の荒木村重が信長に謀反を起こして官兵衛は村重に会いに行ったが 地下牢に1年くらい入れられることになった。 信長は官兵衛が裏切ったのかと思って子供(長政)をころせと命じたが 竹中半兵衛は殺したと偽って保護した。 官兵衛は地下牢から助け出された頃には、 竹中半兵衛も結核で亡くなってしまった。 それから秀吉が備中高松城を水攻めしていて信長の訃報が届いた時、官兵衛は秀吉に言った。 「との!天下の時が訪れてござる。天下をお取りなされ!」っと。 それから秀吉が光秀を破った山崎の合戦や、 柴田勝家と戦った賤ケ岳の戦いや、 秀吉と家康が戦った小牧長久手の戦いなどははぶかれている。 あと関ケ原の戦いの時に官兵衛は九州を席捲したけど、 関ケ原の戦いは1日で終わってしまった。 家康が官兵衛の子供の長政の右手を取ってお礼をいったそうだが、 官兵衛は「その時、左手は何をしていたのか!」っと言った。 左手で家康を刺していたら官兵衛が天下を統一していたかもしれない。 はしょってあるところもあったけど、「天下をお取りなされ」や 「その時左手は何をしていたのか」っという言葉があったので満足した。 秀吉が官兵衛に18万石では少ないのではっと問われると、 官兵衛にたくさん領土を与えたら天下を取られてしまうわっと言ったり、 秀吉がわしがいなかったら天下を取るのは官兵衛だと言ったり逸話が多い。
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No.5992 - 2026/04/24(Fri) 21:18:15
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