 | 「新書太閤記 1」 吉川英治著 講談社 読破
日吉(秀吉)はいろいろなところに奉公に出たが 皆2か月くらいしかつとまらなかった。 家では母の二人目の結婚相手の義父とうまくいかず、 日吉は大きくなると家を飛び出した。 針売りをして美濃、東海、甲信などをまわったようだ。 どの本にも針売りをしたことが書いてあるので針売りをしたのは本当かもしれない。 美濃では野武士の蜂須賀小六正勝あるいは彦右衛門と知り合った。 東海では今川の松下嘉兵衛という屋敷で奉公したが皆にいやがらせを受け、 嘉兵衛は秀吉にお金を渡して防具を買ってきて欲しいと言った。 実際は暇を出してお金を渡したのだった。 尾張に帰ってきた秀吉は信長に士官を果たし、 名を木下藤吉郎とした。 台所奉行などもまかされるようになった。 馬屋番などもしていたかな。 秀吉は実家にも仕送りをしたりして、 秀吉の姉がキレイな服が着れて、「弟が、弟が」っとよく話していたそうです。
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No.5934 - 2025/12/18(Thu) 20:10:41
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