| 「尻啖え孫市 下」 司馬遼太郎著 講談社文庫 読破
雑賀孫市は大阪本願寺の大将にかつぎあげられてしまった。 大阪の本願寺は南無阿弥陀仏をとなえる一向宗の総本山である。 孫市は本願寺の宗徒ではなかったが雑賀の庄でも本願寺の宗徒が多い。 信長を倒してみたいとも思っていた。 孫市は大阪本願寺に押し寄せる信長軍を何度も破った。 信長の近くまで先行して信長を鉄砲で撃ったが足のモモに当たっただけだった。 惜しいことをした。 そして信長軍は数万で紀伊の雑賀の庄に押し寄せてきた。 孫市は川の底に桶を並べて埋めて細工をした。 信長軍が押し寄せてきた時、川を渡ろうとした信長軍は桶に足をとられた。 次々と将棋倒しのような形になったようだ。 そこを雑賀の鉄砲集団が弾を打ち込んだ。 信長軍は退却した。 しかし、上杉謙信が病没などして信長の天下統一は近づいていた。 大阪本願寺は信長と和睦することになった。 いわゆる降伏であった。本願寺は大阪を退去させられた。 信長の天下統一がなったと思ったが明智光秀が信長をころした。 明智光秀を討った秀吉の時代になったが、 秀吉と家康の小牧・長久手の戦いで雑賀の庄は家康につくことを決める。 雑賀孫市は秀吉に呼び出され和睦するかと思われたがころされてしまったようだ。
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No.5726 - 2024/01/13(Sat) 20:30:04
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