| 「項羽と劉邦 中」 司馬遼太郎著 新潮文庫 読破
秦の本拠、関中。 劉邦は項羽より先に関中に入った。 劉邦は張良のいさめによって略奪とかしなかった。 関中の人たちは皆が劉邦に関中王になって欲しいといった。 項羽は秦の兵に勝った時に20万の秦兵を穴埋めにしてしまったのだった。 そういうこともあり劉邦は函谷関を閉ざして項羽をはばんだ。 項羽は函谷関を破り関中に入ってきた。 劉邦は項羽と戦ってもとても勝てない。 劉邦はコウ門の会で項羽にわびて蜀の国に送られることになった。 蜀の国は道が険阻で罪人が送られる所で もう劉邦は蜀の国で一生を終えることになるだろうと思われた。 項羽は首都を関中におかず略奪をすませると彭城(楚の国かな)に帰っていった。 勝った者の兵士たちがその国で略奪をするのは当時は当たり前だったかもしれない。 それが楽しみであり士気もあがる。 しかし項羽は秦、関中の人たちに恨まれた。 皆、劉邦がまた出てくることを望み劉邦は蜀から関中に出てきた。 そして劉邦は関中から討って出てきた。 彭城についた時、劉邦の兵はふくれあがり五十数万になっていた。 しかし斉の国だったかに制圧に出ていた項羽は三万の兵で彭城を奪い返した。 劉邦は逃げた。 劉邦についた五十数万の者たちもだいたいが項羽に降伏してしまった。 劉邦は弱く、項羽は強い。 しかし劉邦には関中で後方支援をして新兵を送ってくれる蕭何(しょうか)がいる、 あの張良もいる、はじめは項羽についていたあの韓信や黥布や陳平がいる。 戦えば必ず負けていた劉邦も最後の垓下の戦いで勝って項羽を破り、 漢帝国を建国することになるのだ。 こうご期待。
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No.5701 - 2023/10/16(Mon) 16:02:41
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