| 「徳川慶喜 2」 山岡荘八著 講談社 読破
大老になった井伊直弼は朝廷の許しもないまま 日米修好通商条約を結んでしまった。 アメリカにつぎ、オランダ、イギリス、ロシア、フランスなどとも 同様の条約を結んだ。 不平等条約であった。国中大騒ぎになった。 朝廷は開国を許すわけはないのでしょうがないのだが、 尊王攘夷の動きが活発になった。 中心は水戸だった。慶喜は尊王攘夷を唱えた水戸斉昭の子だ。 水戸光圀の時に大日本史を編纂してから 水戸学と呼ばれる尊王思想が日本中の学者や志士の間で広まった。 長州の吉田松陰などは松下村塾を開き尊王攘夷思想を広めていた。 門下の桂小五郎、久坂玄瑞などが動き出していた。 西郷隆盛も動いていて島津斉彬が兵をようして上洛するという話で 学者、志士たちは沸き返ったが斉彬は突然亡くなってしまった。 島津ではお由良騒動というものがあって斉彬は毒殺されたようだった。 学者の梅田雲浜が捕まり井伊直弼による安政の大獄が始まる。
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No.5379 - 2021/07/31(Sat) 21:13:00
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