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明けましておめでとうございます。 / syo-hyo
ひさしぶりに書き込みをいたします。
最近、「芥川龍之介全集」を読み続けています。やっと十三巻目まで読み進めました。十三巻目には、「『私』小説論小見」という一文が収められており、久しぶりに私小説について考えてみました。私小説について考察することは、とりもなおさず、わが国の大正〜昭和初期の文学の問題であると思えます。

小説作品に表現された「ほんとう」とは、実際に生じた事実のことなのか、読者がほんとうらしいと感じたことなのかといったことを考えると、読者にとっては、どちらとも「ほんとう」のことだと思われます。ではなぜ、わが国では、「私小説」が多く現れたのかを考える前に、ここで「私小説」のを、「作者である『私』が一人称や三人称で描かれており、描かれた内容が事実である」とだけ定義しておきます。かなり大雑把でありますが。

文壇という組織が、「わたくし小説」に対して、小説作品の中に描かれた事柄が、まがう事なき事実であることを保証していた時代であったからからこそ、わが国において「私小説」が花開いたという感があります。もしも、文壇という職能集団がいなければ、わが国の作家は、「私小説」を創造できなかったと思っています。あ
No.287 - 2011/01/01(Sat) 02:02:50
Re: 明けましておめでとうございます。 / サロン・ド・ソークラテース主幹 [関東] [ Home ]
初書き込みありがとうございます。今年もどうぞ宜しくお願い致します。
芥川の作品は殆ど全て読んだつもりですが、このような論評の類いはあたっていないので、芥川がどのようなことを書いていたのか詳しくは知りません。
芥川の場合、谷崎との「筋」に関する論争が余りにも有名ですので、私小説に関してどのような距離感をとっていたのか、興味はあります。どうやら志賀直哉を好んでいたようですが。
私小説というと田山花袋を想起するのですが、どうもそれ以外ではピンときません。
絶対に語り落としていけないのは、小説とは虚構であるという大前提を見失い、私小説という日本独特の潮流が生まれたのは、当時の日本の文壇がゾラを頭領とする自然主義の影響を強く受けていたということです。島崎藤村や田山花袋らが推進した自然主義ですが、本家フランスとは違いネタが乏しく(社会の問題を抉るほどジャーナリズムが発達していないのと、自由民権運動が未成熟なために言論統制の恐れもあったことも鑑みて)、自分の内面を曝け出すことが自然主義文学だという独自の見方が植え付けられたのです。反自然主義の一派である白樺派もこの私小説の手法から逃れていないのは、さらに興味深いことです。
明治維新後に日本人は自我とかエゴイズムとか社会とかいう言葉を知った訳で、西洋的な観念を消化する時間が必要だったのだと思います。特にそれに正面切って向き合ったのが明治後期の作家たちで、私小説は一過性の儀式であったと思います。
文壇という組織が私小説の媒体となったという説は、正直私にはよくわかりません。事実を元に心象を加えたのが私小説だと思います。小説とは虚構であるのに、リアリズムを曲解して独自の発展を遂げたのが私小説だと考えます。
No.288 - 2011/01/05(Wed) 01:05:53
初めまして / まきば [東北] [ Home ]
リパッティでたどり着きました。
ただ好きで30年聞いていた私にとって、衝撃的なページでした。
また新鮮な気持ちでリパッティに接しています。
サロン・ド・ソークラテース主幹様、ありがとうございました。

拙いブログに紹介させていただきました。
No.285 - 2010/05/25(Tue) 08:56:24
Re: 初めまして / サロン・ド・ソークラテース主幹 [関東] [ Home ]
まきば様

書き込みありがとうございます。ブログも拝見いたしました。ご紹介いただきまして恐縮です。
いろんなピアニストを聴いてきましたが、リパッティから受ける感銘を超えることはありません。
CD時代になってから発掘された音源もありますので、それらも聴いてみては如何でしょうか?
拙HPでは他にもいろいろな演奏家を紹介しておりますので、ご覧になっていただけたらと思います。
それでは。今後ともサロン・ド・ソークラテースを宜しくお願い致します。
No.286 - 2010/05/26(Wed) 01:16:57
間違い探ししてるわけじゃないんですが…… / 熊太郎
ウーブラドゥの兵士の物語に参加しているミシェル・オークレールは、オークレールはオークレールでも閨秀ヴァイオリニストではなくかの国の俳優さんだそうです。
リーフレットにも、ヴァイオリン奏者はジョルジュ・アレーと明記されておりますよ。

じつはわたくしも、RARISSIMES盤が出るまで、オークレールがヴァイオリンを弾いているのか、聴きたいなあと思っていたクチです。
最近はMichelの女性型をミシェールと読むみたいですが、まぎらわしくなくっていいですね。
No.283 - 2010/04/25(Sun) 13:12:12
Re: 間違い探ししてるわけじゃないんですが…… / サロン・ド・ソークラテース主幹 [関東] [ Home ]
熊太郎様

いつもご指摘ありがとうございます。
おっしゃる通りで、早速修正をし、オークレールの記述を除いておきました。
もう少し下調べをしてから書かないといけないですね。つい知っている名前だけ目に飛び込んできて、早とちりをしてしまいました。
こうして「楽興撰録」に確かな読者がいると感じることが出来るのは、はげみになります。
今後とも何卒宜しくお願い致します。
No.284 - 2010/04/26(Mon) 00:42:57
「世界の十大小説」 / syo-hyo [関東] [ Home ]
久しぶりに「世界の十大小説」のページを読んでいました。これについては大分以前に掲示板に書いた事もありましたが、こうして見直してみると、今の自分の「世界の十大小説」は下のようになるのかと思います。
まず小説の十大小説にランクインするには、長くなければなりません。できれば文庫本で400ページは欲しいところです(ゲーテが基準に達していませんがご容赦ください)。そして、世界からまんべんなく選びたいという気持ちがある一方、やはりドストエフスキーとトルストイが圧倒的存在です。ジョイスを入れなかったのは、彼の実験的手法があまりに鼻につくからです。また、我が国の作家を外していいるのも、大きな物語を創作する作家を見つけられなかったことが理由です。ホメロスなど欠けていますが、このラインナップを書いていると、「イリアス」を小説とするには無理があるかと思い外しています。あれは韻文ですね。

ドストエフスキー 「カラマーゾフの兄弟」
ドストエフスキー 「白痴」
ドストエフスキー 「悪霊」
トルストイ 「アンナ•カレーニナ」
トルストイ 「戦争と平和」
ロマン•ロラン 「ジャン•クリストフ」
プルースト 「失われたときを求めて」
セルバンテス 「ドン•キホーテ」
ゲーテ 「若きヴェルテルの悩み」
フィツジェラルド 「夜はやさし」
No.281 - 2010/04/24(Sat) 01:16:29
Re: 「世界の十大小説」 / サロン・ド・ソークラテース主幹 [関東] [ Home ]
書き込みありがとうございます。
選んでいただいた作品の半分がサロン・ド・ソークラテース版「世界の十大小説」と同じであることは、心強く感じます。
作品の長さに明確な規定は設けなくてもいいと思っていますが、選びづらいのは確かですね。ゲーテの『ヴェルテル』は世界文学史上でも重要な作品。納得の選出だと思います。
遺憾ながら『アンナ・カレーニナ』『失われた時を求めて』『夜はやさし』は未読であります。トルストイは今年渉猟する予定にしております。
『白痴』は素晴らしい作品ですが、ドストエフスキー晩年五大長篇中、私の中では五番目の作品なのです。特に結末に納得がいかなかった作品です。『カラマーゾフの兄弟』でも明らかなのですが、ドストエフスキーは善人を描くのを不得手としており、悪人というか非凡人を描くことの才能に長けています。これはバルザックにも当てはまると思います。

さて、サロン・ド・ソークラテース版「世界の十大小説」を公開してから、しばらく時間が経ちました。その間に読んだ作品で、上田秋成『雨月物語』、ゴンチャロフ『オブローモフ』などは新たに加えてもいいと考えております。その代わり、『ジャン・クリストフ』を外してもいいかなとも考えております。
いろいろ葛藤はあるのですが、少し幅を広げた形で選出をしてみるのも一興かと思いました。
No.282 - 2010/04/24(Sat) 13:28:28
太宰治 / syo-hyo [関東] [ Home ]
太宰治が終わって、鴎外を読み出したのですが、一巻を読み終わったところで、急に今まで続けて読んだことのなかった宮沢賢治に取りかかりました。2ヶ月ぐらいかかりそうです。

人間失格について書くことは二十数年ぶりです。難しいなと感じた次第です。あらすじを書くつもりはなかったのですが、読んだことのない人もいるだろうと思い、余計なことだとは思いながらも付け足してしまいました。

大庭葉蔵とは、相対主義的世界における、人間同士の欺き合いを受容することができず、同時に絶対的な神への信仰にすがって生きていくこともできない存在である。

それは、多神教の社会である日本に生きる我々のことではなかろうか? という気がしています。
No.277 - 2010/04/01(Thu) 22:42:02
Re: 太宰治 / サロン・ド・ソークラテース主幹 [関東] [ Home ]
いつもありがとうございます。
『人間失格』はもう10年以上前に読んだきりなので、記憶が曖昧ですし、非常に特殊な作品―太宰個人としての内容であり、普遍的な共感を得にくい―という気持ちで読みました。しかし、先日『晩年』の『道化の華』を読んで、今『人間失格』を読み返したら得るものがあるかもしれぬと感じました。
ブログの膨大な記事、拝見致しました。この作品を読み解くことは、太宰そのものを読み解くことに他なりませんね。大きな収穫はありましたでしょうか?

次は宮沢賢治ですか。実は私は全くと言ってよいほど読んだことがありません。理由は自分でもよくわかりません。未知の作家です。だからと言ってはなんですが、記事を楽しみにしております。

こちらは今ロシア文学からスペインの作品に寄り道をして、バルザックを通って、ラテン文学にも立寄り、最後にロシア文学に戻ろうと計画中です。
No.278 - 2010/04/02(Fri) 19:27:19
Re: 太宰治 / syo-hyo [関東] [ Home ]
「人間失格」は久しぶりに読んで、いい作品だと思いました。ただ、創作順に彼の作品を読んでいると、「皮膚と心」という小説こそ、タイトルといい、内容といい、彼のことを表している感じがします。

宮沢賢治という作家は、まさに未知の人です。自分も教科書に掲載された彼の作品と、書簡、そして、詩以外は読んだことがなかったのです。今、読もうと思ったのも、子どもが理解できる文章とはどんなものであるかということを学ぶつもりで読んでいます。けれど、カフカのような、かなり理不尽な物語もあり、驚きもあります。カフカを理不尽な作家の始祖とする説は覆るかと思ってみたりします。

自分としては鴎外をすらすら読めるぐらいの学力をつけたいと思っていますが、まだそのレベルに達していないようです。まさに日々勉強ですね。
創作は進んでいますか?
No.279 - 2010/04/03(Sat) 17:51:10
Re: 太宰治 / サロン・ド・ソークラテース主幹 [関東] [ Home ]
童話というのは不思議なもので、サン=テグジュペリにしてもワイルドにしても、実際は大人が読んで味わえる内容であるような気がします。子供が読んで楽しめる設定であることは前提なのですが、作家たちは魔の種を埋め込んでいるように思います。あるいは隠れ蓑としての童話の体裁であって、辛辣な内容が牙をむいている作品も多いと思います。
カフカとの比較は面白いですね。ただ、カフカの場合は理不尽というよりも人間性を切り離した時におこる絶望的な状況を描いており、諷刺であると思います。

創作はぼちぼち進んでおります。何とか中間点を折り返しましたので、結末まで一気に筆を運べればいいかなと思っています。重要なのは熱狂で、ふと疑念を挟むのは大敵だと思いました。
No.280 - 2010/04/05(Mon) 01:10:01
斜陽 / syo-hyo [関東] [ Home ]
本日、「太宰治全集」の小説を読み終わりました。通勤電車の中で読む「人間失格」には、ちょっとばかり恥ずかしいものがありましたが、知らぬうちに没入してしまい、しかし、意識の何処かで、学生時代に書いた卒業論文のことを思い浮かべながら、「今ならあのようには書かなかったのに……」と後悔する瞬間も一度や二度ではありませんでした。
しかし、自分のブログに「人間失格」を書くのは来週以降になりそうです。さすがに原稿用紙数十枚分を書く時間がないですが、久しぶりに考えて書いてみたいと思っています。
今夜は斜陽について書いてみました。

先々日自分のブログにいただきましたコメントに関しても、自分なりの考えを書いてみました。今度、直接お話しする機会があれば、今まで書いたものを見ながら話した方がよいみたいです。
我々は書くことと話すことを分けているようですので。
No.275 - 2010/03/18(Thu) 00:18:07
Re: 斜陽 / サロン・ド・ソークラテース主幹 [関東] [ Home ]
いつも書き込みありがとうございます。
全集読破お疲れさまでした。全集を通読するということは、浮気性の私にとってどうやってもできない行為なので、尊敬します。
お気に入りの作家の主要作品は全部読むことにしていますが、ひとりの作家に向き合うことは、私には息苦しく感じるときもあります。しかし、本当に理解しようとしたら、全作品を順番に読むこと以上の方法はないでしょう。
『人間失格』の記事も楽しみにしております。
太宰は戦中期の作品が最も良いということでは意見が一致していますね。戦後の作品が劣る訳ではありませんが、内面開示を主とした私小説の度合いが増えます。我が身を切り分けて書くことが長く続く筈がありません。古典を題にとり、芸術的野心の旺盛だった頃が作家としては脂がのっていました。

私は現在ロシア文学を渉猟しております。あちこち道草しつつ今年は『アンナ・カレーニナ』へと最終的に辿り着けたらなんて考えております。
No.276 - 2010/03/19(Fri) 17:10:14
太宰治必携 / syo-hyo [関東] [ Home ]
最近は、太宰治全集を読んでいる関係で、自分のブログには太宰の作品に関するものばかり落書きしています。学生の頃は、もちろん文献を調べながら文章を綴ったのですが、自分のブログに関しては自分の読書感想文ということで文献を無視して、文章の練習と思って好き勝手書いています。
今日、近所にある図書館に行き、ぶらぶら書架を眺めていると、学燈社から刊行された「太宰治必携(一九八一年刊行)」を見つけ、すぐに借りてしまいました。太宰治について論じる学生であるなら必ず買わなければならない書物であり、自分も二十数年前に購入した記憶があります。古くさいですが、大変有益な書物です。
太宰の全作品について「梗概」「評価」「作品論への新しい視点」が論じられています。中でも「作品論への新しい視点」で提示されている論点は、すでに古くさくなっていたり、歴史認識に関して偏向しているものを見つけ出してしまうのですが、再度、検討しても興味深いものが多々ありました。またそんな視点からお話でもできればと思っています。
とうとうちくま文庫全集の8巻目まできました。
主幹さんは最近、中島敦なんですね。
No.273 - 2010/02/28(Sun) 23:52:26
Re: 太宰治必携 / サロン・ド・ソークラテース主幹 [関東] [ Home ]
いつもありがとうございます。
連日の更新に圧倒されます。私の昨年読んだ作品が多数で、興味深く拝見しています。今度じっくりとお話をうかがいたいと思います。
太宰は新潮文庫でそれなりに読んできましたが、穴がかなりあります。ちくま文庫のように全集の強みは、順序良くどこまで読んだかが明瞭になることですね。私は何を読んでいないのかも覚束ない有様です。
ルソーを読んで充足したので、しばらくは息継ぎをしたく、短いものを読んでいます。
中島敦の名作はもう大方読んでしまったので、正直申して完全な落ち穂拾いです。『弟子』『名人伝』が最高で、『李陵』『光と風と夢』『西遊記』が続き、あとは『古譚』『古俗』が本領発揮という感じです。
最近読んできた南海ものはさして感銘を受けず、執筆年代の若いものは習作の域を出ていない感があります。
次はフランスかロシアの作品を渉猟してみようと画策中です。
No.274 - 2010/03/01(Mon) 20:55:52
太宰治について / syo-hyo [関東] [ Home ]
ご報告といっては何ですが、
2005年から書いていましたscrapbookを再開しました。昨年から書きためていたものを数点アップしました。
今は、「太宰治全集」を読んでいます。今日は二十数年ぶりに「走れメロス」を読み、あまりの懐かしさと文章の巧さに、作者太宰治の才能に驚嘆するばかりです。彼の前期の作品には、情緒不安定の主人公や語り手が頻繁に登場します。が、筋道を立てて、読者を納得させるという手腕にみごととしかいいようがありません。
もっとも、彼の作風が固まるのは甲府に移り住む、結婚をしてからのように思えます。筑摩文庫の全集で言うところの3巻目あたりからでしょう。処女作「晩年」などは40を過ぎた自分には読むに耐えません。「ダスゲマイネ」とかあのあたりの作品もかなり厳しいです。「富岳百景」や「畜犬談」などにみられる軽快な語りこそ彼のエッセンスと思えます。
主幹さんは最近、フランス文学に向かっているみたいですね。
No.271 - 2010/01/27(Wed) 00:22:04
Re: 太宰治について / サロン・ド・ソークラテース主幹 [関東] [ Home ]
いつもありがとうございます。
ブログが復活したのですね。じっくり読ませていただきます。
やはり思考の変遷がわかると面白いです。

私も太宰治の未読作品を昨年は3冊ほど読みました。初期1つと中期2つ。私はどれも太宰の才能を感じることが出来、感心したものです。
でも、おっしゃるように太宰の本当の良さは結婚後、つまり戦中に書かれた作品にあると思います。集団が不幸なとき、太宰は自分ばかりを不幸な人間だと思い込むことが出来なかったからだと思います。
捨て鉢な初期と戦後の作品は戦中のものには及ばないと考えています。

さて、私は今ルソーの『告白』を読んでおります。以前から腰を据えて読もうと計画していた書物です。組するか組しないかは読者の人間性によると思います。私はルソーに共鳴する人間です。ただ、これは人には絶対に薦めない書物であるかもしれません。取り扱い注意の本です。
『不平等論』や『契約論』なども読みたくなった次第です。

それでは。
今度はそちらのブログにも書き込みをさせていただきます。
No.272 - 2010/01/27(Wed) 23:59:50
河童 / syo-hyo [関東]
芥川龍之介全集(ちくま文庫)を読み始めて2か月あまり経ちました。一昨日、第6巻におさめられた「河童」を読み、昨日、今日で「歯車」を読了しました。
通勤電車の中で、文庫本の活字に目を落としながら、主幹さんからいただいたメールの、「芥川の河童」を好むという言葉が突然脳裏をよぎり、なるほどという思いがいたしました。
なぜなら、この作品は、作者の唯一といってよい長編の作品であり、また、全編にわたり風刺を行うという、物語の本道でもある形式をとっていることを考え合わせると、主幹さんが一押しとする評価も頷けます(ちがっていたらすみません)。
ドンキホーテ、ボバリー夫人はともに長編であり、またその時代を軽妙に描き、時代を乗り越えるカリカチュアであることを考え合わせると、本作ほど物語の王道を歩む作品を芥川の作品群の中で見つけだすことは容易なことではないと考えます。

自分は、「鼻」「芋粥」を好みます。物語を創作する作者の気概、心意気を感じさせると同時に、心のひだをくすぐる語りが何歳になってこの作品に接しても新鮮な心持ちになれます。そして「蜜柑」。読み返す度に新しい感想がわき起こる作品です。
創作という言葉を使いましたが、私小説といってよい「保吉もの(この表現であっているのか不安ですが)といわれる作品群にも、志賀直哉などには見られない感覚(これは作者がいくつになっても「子どもらしさ」を失っていないという感触としての意味です)を感じ、好感さえ持ちました。
老成しないというのが、芥川文学の特色であると、とどのつまりずっと反抗期で、だだっ子であり続けた一人の男の独白を美しい言葉で表現したものが、彼の文学の根本ではなかろうか? と思った次第です。

「我が輩は猫である」と「河童」の比較文学論などがちくま文庫の巻末に掲載されていましたが、これは面白い切り口であると思ったのでした。
No.269 - 2009/09/16(Wed) 00:20:47
Re: 河童 / サロン・ド・ソークラテース主幹 [関東] [ Home ]
いつもありがとうございます。
なるほど、『河童』と漱石の『猫』には通底するものがありますね。どちらも『ガリヴァー旅行記』の人間不信に通じるものがある。
また、『河童』は芥川が何に影響を受け、当時の文学の潮流を芥川がどのように吸収しているかがわかる小説で、思想面が強く出ているので興味深く読めたのです。
芥川の大部分の作品は、何を描くかが決まっており、切り詰めて簡潔に表現する短篇小説の鑑ともいえる作品ばかりです。ところが『河童』はいろいろな視点を示した雑多な作品で、芥川その人が重視する問題が語られていると感じました。そんな理由で、人間芥川の内面が見える『河童』が最も好きな作品であります。

私も『鼻』『芋粥』、そして『蜜柑』を好みます。
そして、最も優れた作品を上げるなら『地獄変』か『薮の中』を挙げたいです。

中途半端な才能では書けない作品ばかりです。
譬えるなら、食材を目の前にして最も美味しい調理方法を瞬時に見抜き、その通り料理が出来るシェフといったところです。文体を効果的に変える手腕は天才の一言です。
理知的かと思うと、『蜜柑』の最後のように情に訴える文章が書けるのも芥川ならではです。

芥川の次は何をお読みになるのでしょうか?
感想を楽しみにしております。
No.270 - 2009/09/18(Fri) 02:43:03
芥川龍之介に関して / syo-hyo [関東] [ Mail ]
久しぶりに書きこみをさせていただきます。
先月、平凡社ライブラリーの一冊である「イリアス」を購入しました。呉茂一氏の訳である「イリアス」を読もうと思ったからです。十数年前、違う方の翻訳である岩波文庫の「イリアス」を読んだことがありましたので、おおまかな話の筋は知っていたのです。しかし、改めて本作を手に取ってみると、そのあまりの特異な文体ゆえ、上巻を読み終わる頃には、ある種の疲れさえ感じておりました。
そんなこともあり、箸休めといっては語弊がありますが、久しぶりに芥川龍之介全集(筑摩文庫)を手に取った次第です。
なにげに読み始めた羅生門、鼻、芋粥、猿、手巾、父、煙管。今まで数回程再読してきた作品であるにも関わらず、読み返すたびに新しい発見をしているという思いが自分の中に湧き、また、一文一文の精緻な描写とコントラストをなすようなその省略の妙に驚かされます。芸術至上主義の一言で語られがちな芥川ですが、その実、作品のそこここに一抹のセンチメンタリズムを込めるあたりは、ある種古典的な江戸情緒の継承者ではなかろうか? という思いさえいたしました。

サイトを拝見しております。最近は、創作の時期に至ったようですね。楽しみにしております。
No.267 - 2009/07/25(Sat) 07:13:54
Re: 芥川龍之介に関して / サロン・ド・ソークラテース主幹 [関東] [ Home ]
いつもありがとうございます。
蒸し暑い日が続きますね。

岩波文庫の『イーリアス』は松平千秋氏の訳でしたね。土井晩翠の訳も有名です。全ての名詞に枕詞で修飾する特有の文体はやはり韻文によるからでしょうね。訳文では繰り返しばかりと感じて疲れます。

芥川についての考察、実に的確です。芥川の古今東西の文化を吸収出来た類い稀な頭脳には感服します。精緻な文章は当時でも群を抜いていたと思います。全ての作家は目標とすべきでしょう。しかし、日本の戦後教育は長い歴史を持つ日本の伝統文化を否定、あるいは軽視したため、断絶をしてしまいました。古典を学べば何とかなるという問題ではなく、これでは到底芥川のような文章を書ける筈はないと思ったのです。

さて、私の方は生誕百年の太宰を手にとってみました。実は先日、津軽を旅して金木にある生家、斜陽館に詣でてきました。読んでいない作品も多いので楽しみがあります。感情の襞に触れる太宰の文章も抗し難い魅力があります。

それでは、今後とも宜しくお願い致します。
No.268 - 2009/07/25(Sat) 23:08:37
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