多文化間精神医学会の学会誌「こころと文化」16巻2号(2017年9月号)が【高齢者が生きる時代〜明日の終末期ケアを考える】を特集し、「第1部 高齢者の終末期ケアの現場・誰のための医療かを再考する」のなかでp125〜p130に進藤 彦二(俊陽会古川病院)ほか計3名による「高齢者の終末期ケア 療養型病院の役割が掲載されています。 点線以下が、著者抄録と3症例の報告(104歳女性、80歳男性、53歳男性)のうち53歳男性についての全文、そして考察の後半部分です。「誰のための医療か」がよく出ている部分です。
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抄録 当院は横浜市に位置する地域支援病院で内科、小児科、皮膚科、整形外科を標榜している。病棟は一般病棟として障害者病棟および地域包括ケア病床を、その他療養病棟で構成されている。入院患者の主病名は脳血管障害、認知症、骨折、肺炎等でありほぼ寝たきり状態の高齢者診療を行っている。療養病棟としては在宅復帰機能強化加算を取得し在宅復帰を目指しているが、死亡退院がほとんどを占めているのが現状である。当院への患者の紹介元としては、隣接区からの救急指定病院からが大半を占めている。急性期治療が終了しても入院医療が必要な患者の継続加療を行っている。当院はリハビリテーション機能も持っているが、上記疾患を持つ患者の回復は順調とは言えず、長期入院により生活機能が衰えて終末期を迎えてしまう場合が多い。終末期医療に携わる中で、患者の加療・療養はもちろんのこと、患者家族とのコミュニケーションを重ね信頼を得ることでご家族の思いも尊重することが大事な仕事の一つと考えられる。
症例3 53歳 #心肺停止後蘇生 家族背景:妻(Key Person)、母親、姉2人、息子 現病歴:生来健康。平成24年9月心窩部痛にて苦悶症状を訴え、その後心肺停止状態で高次医療機関へ救急搬送。到着時、心室細動を認め頻回の除細動治療を行うものの改善は得られず、人工心肺装置・低体温療法を導入し一命は取り止めた。しかし低酸素脳症にて意識障害が残存、経鼻胃管・気管切開管理のもと積極的な加療の必要がなくなったため、同年11月当院へ紹介・入院。 入院時より高度意識障害は不可逆性変化として継続。母親は連日来院され、「息子は何故こうなったのか?」「意識は戻らないのか?」との問いを連日繰り返されていた。一方で、経過中にKey Personである妻は改善の見込みはないと感じとられ、「もうかわいそうで見ていられないので、早く楽にしてほしい」と訴えられるようになった。母親と姉は頑張ってほしいという家族観での気持ちの相違が出始め、妻がうつ病を発症し、ご家族が別々で面会されるようになった。病状説明も各々各々の立場を踏まえながら、別々で行わなければならない状態となった。長期の経過に伴い、母親たちも「もうかわいそうだね」と気持ちの変化が起こり始め、家族一致のもと栄養量を減量する方針となり、最終的に肺炎を合併し永眠された。約3年半の長期経過であった。前医での治療で一命をとりとめた喜びの反面、家族としてこのような経過は予見できなかったと話されていた。 実際、当院への紹介状病名は“蘇生に成功した心肺停止”との記載であった。医師は本来患者の生命を救うことが使命であり、自身も大学病院に在職中はその立場で日夜仕事に従事していた。その診療の中で、加療を終えて退院された患者やそのご家族がその後どのような状況に置かれているのかは考えもしなかった。しかし、大学病院を離れ療養型病院に勤務することとなり患者がほとんど元気に退院されることがない中で、入院が長期化しご家族の経済的な負担が大きくなり、また寝たきりとなった身内である患者の面会すらも辛くなる旨を耳にすることも多く、患者だけではなくご家族の苦労・苦悩も存在することを改めて認識させられた。 医師としての苦悩は、会話等コミュニケーションが困難な患者がほとんどであり、患者が何を望んでいるのかも分からず、ご家族の意思を尊重することしかできないことである。本症例も急性期医療としての蘇生には成功したが、その後の患者の状態、ご家族の想いを考慮すると医師として何を持って“蘇生に成功した”のか考えさせられた。
考察 (中略) 終末期医療の問題として、主に末期癌等の死が差し迫った状態にある患者を対象とした疼痛緩和、尊厳死、残された人生の質的向上といった課題については、比較的議論が進み幅広い議論が積み重ねられ緩和医療等の発展に繋がってきた。 しかし、療養病床における終末期ケアにおいて多くの高齢者は、基礎疾患と老化に伴いほぼ寝たきり状態となる。人生の最終段階を迎えていくことに対する医療対応についてはこれまで十分な議論は行われず、医師の価値観や裁量によってその内容が決定されてきた背景がある。さらに、高齢者の終末期ケアにおいては生命医学的な側面だけの問題だけではなく、入院に伴うご家族の経済的、精神的負担といった壮年者にはみられない高齢者特有の要素を含み、医学的知識だけでは解決できない倫理的、宗教的あるいは哲学的側面をも考慮することがある。つまり、患者の病状が安定している状況下においても、普段からご家族とのコミュニケーションを密にとることで、その想いを尊重することが可能となり、結果信頼関係が成り立ち患者人生の終末期に対する説明およびご家族の受け入れも円滑に進みやすくなると考えている。医師、看護師、コメディカルを含め、この意識を教諭していくことが大事な業務であると認識する。 |
No.1299 - 2018/04/24(Tue) 23:41:51
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