クリエーターって何だって話になって。
僕の頭の中の会話で勝手にですけどね。
そんで、宮崎駿さんとか、そういうクリエーターと呼ばれる人の事を考えると、
結局、人間なんてのは、生まれたときから他者を意識しているんであって、 それがものすごく強いっていうのが人類の生まれ持った特性という気がするんです。
その中でも、より他者を意識し過ぎて、
「俺は、こうだ!こう思う!」
って他者にアピールしたくてしたくて仕方なかった人が、 何かを作って、世に広めようとするんじゃないかと思うんです。
それが、クリエーターと呼ばれるのではないか、と。
そんで、クリエーターってのは、全部が自己満足だと思うんです。
作りたいから作る。
作ったら、終わり。
作ったら、「ハイ、次の作品を作りまーす」です。
そんで、作品を作るってことは、何をしたいのかって言うと、 これは僕の勝手な想像ですが、 何かの役に立てたいとか、世の中をこうしたいだとか、 そういう有用性を考えて作る訳じゃなくて、 やっぱり根幹を言えば、
「俺は、こうだ!こう思う!」
って言いたいだけだと思うんです。
それを観る人にとっては、「…で?」って事なんですが、 それを、「…で?」って思われないように、 観る人に満足感を与えられるように上手く作れるかどうかが、 クリエーターの腕にかかっているというか…
ま、コマーシャルを見せるめに番組を面白くするテレビ局、みたいな感じでしょうか。
そう思うんです。
で、しょせん人間の中身は同じな訳なので、
「俺は、Aだ!」
って叫ぶ人がいようが、叫ばない人がいようが、 どちらも、その中身は「A」であると言えると思います。
だから、「俺は、Aだ!」と叫ぶことには何の価値もない訳です。
「俺がA」なのは、全員がAなんだから知ってるんだけど、 それを、どういう言葉で、どういうアクションで、 どういう声のトーンで叫ぶんだってところを、誰もが見ていて、 それが、いいか悪いかで賞賛を浴びるかけなされるかが決まります。
結論を言うと、 漫画を描く上での「テーマ」は、パクっていいって事です。
そのテーマを、どう表現するか、どう実感させるかが問題になると思うんです。
その訓練をすれば、ストーリー作りの練習になるんじゃないかと思うんですよね。 No.86 - 2012/02/02(Thu) 13:00:26
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