| 4月10日第1回の放送「NRN5」は「<クッション>」とだけ書いてあって、話のあとに放送する曲名が書いてあるだけ。クッションって、今まで少年時代の話を3回やって、次の話が何回かまとまってある、その間のつなぎを意味するんかな。一息入れるの意味?。まあそんなところでしょう。自分の中のhideさん、では、よろしくお願い致します。 “結局、バンド仲間のオリジナルなメンバーは、私hideのあの手この手の淘汰によって、自分ひとりになってしまった。これは、ロックシティー近くの友達のところに集まった5人の、はかない運命だったわけです。Xもそうですが、バンドというのは奇蹟と言いますか、何人か集まってそれで何年か演奏するというのは、将に奇蹟でございまして、メンバーそれぞれにいろんな思いが渦巻いておりまして、音楽のこと、メンバーの人間関係、上昇志向の強弱、家庭環境、生活の余裕などあらゆる要素が絡み合ってきますので、ただ単にロックが好き、へビィメタ・ハードがすきといいましてもみんな同じように一直線に並んでいる訳ではないんですよね。あの時代では、まだロックは音楽シーンの主流ではなかったわけで、演歌やポップスなどに時代の要求がいっていた時代ですので、我々のやってるロックは、場末の方でかろうじて生活しているという状況。アウトローな音楽をやってるわけで、メンバーみんなはロックが好きだが、如何せん、社会的な容認がないためにいろんなところで迫害が生じてくる訳です。ひとつ服装見ても、やっぱ変でしょう。メンバーは、ロックやろうぜ、やっぱスパッツでしょ で意気投合しても、社会は男のくせに何じゃあれ、何履いてんのとなるのと同じ目線が、社会のいたるところに生じて来る訳です、アルバイトしてたヤツなんかは、髪の毛伸ばしているでしょ、面接に行くと、もうカッコで半分は嫌われるわけですよ。アルバイトも出来ない、できるとしても限られた職種、しかも賃金が安いと来るわけで、結局生活が困窮の状態にみんなあるわけですね。仮に本業(サラリーマン、大学生、高校生など)があっても、時間的にみんなとリハの時間を合わせたりする事が難しい。そんなことで生活があって、余裕があって、家庭の理解があって、仲間の人間関係が良くて、ロックが心底好きで、上昇志向があるっていうバンドの仲間の条件に残る人が、何人出てくるかの問題でもある訳です。私が一人残ったというより、そんないろんな条件をクリアできなかったメンバーがだんだん抜けていって、最終的にそういう条件に見合うメンバーが揃ったというのが、ベストメンバーということだったと思うんですよ。だから意識の程度が一直線になってる訳で、リハの練習も、やる気も、音楽への取り組みも、心地よいのもがある訳です。まあ人との相性という要素に音楽的感性が一番大事ですかね。バンドを長く続けるというのは、仕事でも同じで、やっぱり楽しくしたいですよね。和を乱すヤツとか勝手なことを言うヤツとか、気分が良くないでしょ。気持ちが同じようなタイプで音楽の感性が同じようなメンバー、なかなか巡り合えないんですよね。仕事でもそうと思いますが・・。イヤな気分の時は、こんな曲で憂さ晴らしをしては という曲、行きましょう” クッションって何だ?。適当にしゃべる?これ、頭にくっついて引きずってる状態で、なんか変な感じ。問題はちゃんとした形で出してくださいよ。hideはどうしゃべったのかなぁ。『そういう感じで、東京でライブハウスにチョコチョコ出始めたのが、20か19のころだと思うんですけども。当時はですね―、僕は六本木の“メイ牛山”の経営する・・・美容学校に通ってて(笑)、美容師を目指してたんですよね。美容師を目指してたというよりも、おばあちゃんが美容師だったので、なんか美容師やっとけ―、みたいに思っていたんですよね。で、美容師で稼ぎながら、バンドやっていければいいなと軽く思っていたんですけども。で、そんなこんなで、その美容学校時代に僕、けっこうすごいドラマがありまして。誘拐されたりとか、いろんなことあるんですけど(笑)。それはまた次の機会に。話長くなるんで。 で、なんだかんだ美容学校卒業しまして、そのベストメンバーで・・・20いくつだと思うんですけども、そのころにはもう自分で“ハサミはお金のため”“バンドは夢のため”っていうふうに、わりきって、ずーっとやっていこうと思ってましたね。で、その当時やっぱりライブハウス界隈、わりとへビィメタルっていうか、ハードロックをやってて避けて通れないのが“Xの噂”なんですけどね(笑)。 なんだろうなあ。僕はけっこう長い間「X」は知ってたけど、長い間、会ったことはなかったんですよね。で、彼らはわりとテレビとか、『上海紅鯨団』とかも出てましたし。わりと、うさんくさかったですね。はたから見てても、やっぱ真面目にやってるロックバンドからしてみたら、“テレビ出やがって”とかって思わざるを得ないような部分はありましたよね。うん。で、噂もホントに、「X」のことを良くいう人っていうのに、僕は会ったことなかったんですよね。だからなかば僕も洗脳されて、“そうなんだ―”と思って。あの当時はインディーズバンドとかっていうのは、今でもそうでしょうけど、“対バン形式”なんですけども。その当時にやってたバンドはほとんど、いっしょにやったことあるんですけど、「X」だけなかったんですよね。ライブハウスの人が「やめとけ」っていうんですもん(笑)。「やめとけ」と。素行が悪いからっていうのと“暴れる”っていうのがいちばんだったんですけども。でもね、たぶんね、今から考えるとみんな羨望からだったと思う、やっぱりね。 そんな感じでけっこう恐れてた「X」なんだけど、1回会ったんですよね。初めてヨシキに会って、僕も何回か「X」に・・・「X」もメンバーがいなくなって、「X」に誘われたことあったんだけども断ったんですよね,“僕、『サーベルタイガー』ってバンドがあるから”っていうことで。それで、1回初めて会ったんですよ。「とにかく見に来てくれ」って。「1回見てくれ」ってこともあったんで、「じゃあ会うしかないな」と思って、恐る恐る横浜に「X」を見に行ったんですよ。そしたらライブ始ったら・・・何でしょう、もう・・・ガンダムみてーな超合金みてーな格好して、パイプが背中から生えてるヤツはいるわ、ヨシキはウニ頭だわ。トシはもう、なんかもう、よくわかんない。なんか超合金ロボ、合体ロボみてーだったし。それで「オラ!テメーラ!」とかいってるわりには、客席の上にQ太郎のぬいぐるみというか、風船が浮いていて、「オラ、テメーラ!Q太郎を粗末に扱うなよ!」とかワケのわかんないこといってるんですよ!“何だコイツ〜!”とか、そういう感じで。 今でもね、彼(トシ)の「X」時代のファンは、その手法というかあの独特の世界、世界でただ一つのあの話術というかMCはね―、今でこそいろんな人があの話術を真似してますけど、あれがオリジナルですよ、ホントに。あの、怖がらせて、体育会系なんだけども何か、何か笑っちゃうなあっていうのは彼が始めたことですよね!。で、僕もそれに度肝を抜かれて、何だかんだ見てたんですけど。最後はヨシキが観客席にダイビングして終っちゃったんですけどね。で、みんな今よりも全然真っ白な白塗りなメイクだったから、表情つかめないんで・・・。それで一応、楽屋に会いに行ったんですよ。そしたら向こうから、外人の子供みたいのが「どぉもー」とかいってトコトコ歩いて来たんですよね。それがヨシキだったんですよね。うん。もう聞くと見るとじゃ大違いで、ステージではガンダムみたいな格好してたんですけど、そのころでいうDCブランドみたいな格好して、わりとちょっといいトコのおぼっちゃんみたいな感じの子が、なんかヒョロっとした感じの子が「どぉもー」ってニコニコしながら出て来たんですよね。“えっ?!”と思った・・・。それがヨシキで、めっちゃめちゃ愛想よくて、「打ち上げ来る〜??」みたいな感じで、もうめちゃめちゃ愛想よくて・・・。いやー、これホント、会ってみなけりゃわかんないもんだよね、っと思って・・・。それから僕とヨシキの付き合いは始るんですよね。お互い別々なバンドだったんですけども・・・。 それからわりと「X」ファミリーとのつながりも、だんだんできてくるという・・・。で、そのころ、まだ僕は「サーベルタイガー」やってたんですけども、へビィメタルとハードロックとグラムロックとパンクロックを混ぜこぜにしたようなバンドだったんですけど。で、そのグラムロック部門を受け持っていたのがボーカルのキョーちゃんという人で、彼のカリスマは「マイケル・モンロー」という人だったんですけども、そのマイケル・モンローの所属していた「ハノイ・ロックス」、『トラジディ』。』 hideの美容師学校進学には、たくさんのドラマが隠されているように思いました。進学高校の本来の進路を外れて、美容学校に行くという決断の中には、両親の大変な落胆もあったかと思います。家庭や学校での話し合いは大変だったと想像できます。hideは、そして、自分の進路をおばあちゃんの職業に選択した。両親の反発を和らげ、自分を目の中にいてれも痛くない孫への愛情の庇護の中に、避難したような感じも致します。hide自身もおばあちゃんに何か恩返しのような感じもあったのかもしれません。自分の要求をかなえてくれたおばあちゃんの仕事を、いっしょにしたいとも考えたかもしれません。ここにはやさしいhideの気持ちが出ているように思います。両親からすればおばあちゃんの職業に進路を向けることを、やめとけ とはいえない。両親の親の職業を聖域のように思い、両親のいづれかはそのおばあちゃんの仕事で生活を送ってこられたことを考えるといずれおばあちゃんの後をついで美容師になってくれたら、それもいいかな と納得できたはず。美容学校の費用は、おばあちゃんが出してくれたはず。自分の仕事を孫がやりたいと言い出した事に、もう舞い上がってよろこんだに違いない。なんでも買ってあげる気持ちになっただろう。hideはおばあちゃんあって誕生したようだね。お墓に参ったときには、おばあちゃんにもお礼を・???・・いやいやいや・・まだご存命中なのかも・・・。hideとXの出会い、面白いですね。あのQ太郎、誰の発案でしょうねぇ。ステージの異様さとMCのユニークさ、そして楽屋でのYOSHIKIの愛想や見た目の面白さと、今までとの落差、hideはXの噂の「悪」をこの瞬間「善」に変換、そして今まで見たことないステージと人間像に叩きのめされた。サーベルタイガーが1987年初春に幕を閉じてhideの夢もついえた時、この時のシーンが思い返され、YOSHIKIにサーベルをやめる電話をした時、またhideの夢がつながってゆく・・・。 |
No.17567 - 2007/05/13(Sun) 09:26:46
| ☆ 上海紅鯨団 / えり | | | | 探してきました『上海紅鯨団』に出演のX。
・第2の指令:手錠を鍵を奪え。 大きな広場で数十人の人が鍵を持った柳沢慎吾さん(字が間違っていたらm(__)m)を追っかけて手錠の鍵を奪うと言うゲームでTOSHIとTAIJIが出演。 ・TOSHI対仮面ライダー 最初は真ん中に道路が有る建物の2階で窓を開けて玉入れの玉みたいな物を投げて向かいの相手チームのほうにたくさん玉を入れたほうが勝ち・・・が予選。 そこから何人か残り最後に残ったTOSHIと仮面ライダーが対決! ・新人類度チェツク金蔵インタビュー 桜金造さん(字か間違っていたらm(__)m)がXのメンバーにインタビューをして新人類度をチエック! 当時、YOSHIKI&TOSHI21才の時
こんな映像をDVDで発売してくれたらファンは大喜びしちゃうと思うんだけどなぁ〜〜〜 |
No.17568 - 2007/05/13(Sun) 13:38:37 |
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